神の手

暗い



「おい、大丈夫か?」


「ええ、何とか……。すみません、久しぶりに借りを作ってしまいましたね」


「いいよ、別に。お前に消えられたら困るからな」


 ある日、頭だけになった店主が用心棒に抱えられて店に帰ってきました。


 しかし、用心棒が店内にあった予備の外套をいくつか見繕い、店主の身体に投げると店主はそれらを繋ぎ合わせて新しい身体を作っていきました。


 少し時間はかかったものの、前と同じ大きさに戻った店主は「ふぅ」と息を吐いた後、お茶を用意し始めました。助けてくれた自称用心棒への感謝のためにお茶を用意し始めました。


 自称用心棒は店主がお茶を用意しているのを見つつ、受付台で頬杖をつきながら「ついてなかったね」と言いました。


「天使共に襲撃されるなんて。……客に売られたのか?」


「そうかもしれません。出張サービスに向かったところで襲撃されたので」


 店主は珍しく店を出ていました。


 その折り、天使達に襲撃されたのです。


 天使達は創造主たる<源の魔神>の命令で店主を――<訣別の魔神>を襲撃しに来たのです。店主を敵視している源の魔神は部下の天使達も使い、機会さえあれば店主を襲撃していました。


 店主は無用な争いを避けるため、異空間に隠れ潜んで襲撃を躱していたのですが、今回は襲われて危ういところだったようです。


 睨むだけで命を奪う天使。いかなる攻撃も防ぐ天使。さらには影を使う天使に襲撃された店主は頭だけになるほど追い詰められました。


 偶然、騒ぎを聞きつけた自称用心棒がかけつけた事で、店主は何とか死なずに済んだのですが――。


「彼らの襲撃で売り物を複数壊されてしまいました。トホホ……」


 その身に多くの売り物を蓄えていた店主は、戦闘でいくつか消失してしまった事を嘆きました。用心棒が「また蓄えていけばいいだろ」と慰めました。


「ただ、ある意味ではお前も悪い。源の魔神に敵視されないようにしっかり隠れるか、源の魔神に対処しないから部下をけしかけられたんだぞ」


「私の場合、隠れていては主より賜った存在意義を果たせなくなってしまう。だから今後も働き続けますよ。時には店から出かけてね」


 店主は用心棒の前にそっとティーカップを置きつつ、言葉を続けました。


「仮に末弟に……源の魔神に立ち向かったところで私では勝てませんよ。人様のモノをやりくりするしかない私と違い、彼は無から世界を作り出せるような絶対の神ですからね」


「神として生まれたわけじゃない。神というラベルを後から貼られただけだ」


「では、貴女なら彼に勝てますか?」


 店主が手のひらを見せながら語りかけると、自称用心棒は鼻を鳴らしました。そして「勝てるなら私の右目はまだ見えていたよ」と言いました。


「末弟は私と違って優秀ですから勝てませんし、勝とうとも思いません。今後も情けない姿をさらしながら逃げ続けますよ。彼が諦めるその日まで」


「死ぬ直前までそう言ってそうだな」


「いいえ。死後も言ってますよ」


 用心棒は薄く笑い、「そうかもな」と言いながら店主の淹れてくれたお茶を飲みました。それは彼女好みの香りと味、温度を備えたものでした。


 しばしお茶を楽しんだ用心棒は、ふと湧いてきた疑問を投げました。


「そういえばお前さん、転移能力はどうした」


 用心棒は「店に客を招くためによく使っているだろう」と問いかけました。


 天使達を退け、この店に帰ってきた時も転移能力それを使ったのに何で襲われた時は使っていなかったんだ――と問いかけました。


 その問いに対し、店主は「封印されたのですよ。一時的に」と返しました。


「<死司天>達に襲われた際、向こうの後方支援要員が私の力を部分的に封じてきたようです。その所為で彼らを完全に撒くまで転移が使えず……」


「なるほど。そりゃお前でも苦戦するわけだ」


「貴女様の力添えがなければ死んでいました。本当にありがとうございました」


 店主が丁寧にお辞儀をすると、用心棒は――少し懐疑的な――視線を向けつつ、「それはどうだろうな」と呟きました。


「それより客が来たみたいだぞ。多分……常連の画家だ」


「そのようですね」


 2人がそんな言葉を交わしていると、店のドアベルが鳴りました。


 使い古されて伸びた衣服を着た女が表口から入ってきました。


「いらっしゃいませ、御客様。本日も寿命の質入れですか?」


「いえ……寿命を買い戻したいの。もし、可能であればだけど……」


 疲れた様子の女は店主を上目遣いで見つつ、そう言いました。


 寿命を買い戻したいと言いつつ、それを半ば諦めているような声色でした。



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