祝
「ようっ! お前ら、元気だったか!? 俺に会えなくて寂しかったか!?」
「「…………」」
呪いで苦しんでいた男は上機嫌で質屋に再訪してきました。
いまにも死にそうな様子だった前回と違い、驚くほど活力に満ちあふれています。店主も自称用心棒も男の変わりっぷりに驚き黙りました。
男は店主達が「ぽかん」としているのにも構わず、店内にヨタヨタと入ってきて店主達を軽く叩いて「元気だったか!?」と叫びました。
「あれぇ……? お前さん、まさか解呪してもらえたのか?」
「いやぁ、呪いは相変わらずだよ。夜中に全身に串を刺されたような痛みが走ることもある。おかげで寝不足だよぉ~!」
「そのわりには元気そうだ」
「そのワケ、聞いちゃう? 聞きたいか!?」
「いや、別に……」
「実はさぁ、妹が看病してくれるんだよ! 甲斐甲斐しくさぁ!」
男は呪いによって体調を崩し、まともに出歩けなくなっていました。
ただ、妹がほぼ着きっきりで看病してくれていました。
妹は呪いに苦しむ兄を優しく気遣ってくれました。食事の世話だけではなく、苦しい時は背中や腕を撫でてくれていました。
兄が呪いの苦しみで叫べば夜中だろうと起きて様子を見に来てくれる。呪いの苦しみが襲っていない時でも、適当に叫べば飛んできてくれるんだ――と男は誇らしげに言いました。用心棒はそれを聞き、顔をしかめました。
「お前さん、ろくでもないな」
「ろくでもないのは呪いだよ! 俺は呪いで苦しんでいて、妹は元気なんだ。ちょっとぐらい兄ちゃんに構ってくれてもいいじゃないか」
「…………」
「親父とお袋は~……妹ほどじゃないが、それなりに俺を気遣ってくれる。アイツらは『仕事を探せ』とも言ってこなくなったんだ」
店主は精神的には快活な男をよく見つめました。
よく見ると、男の中で呪いの価値が上がっていました。
黄金に匹敵するようなものではありませんが、店主が引き取れる程度には価値が上がっていました。店主は男にそれを伝えてあげました。
用心棒も――冷たい表情を浮かべつつも――男に「良かったな」と言いました。「当初の希望通り手放せるぞ」と言いました。
しかし、男は――。
「いや、いいよ。これは俺が責任を持って所有するから」
「えぇ……? お前、正気か?」
「別に死ぬほどの呪いじゃないんだ。たまに内臓をギリギリと摘まれているような痛みが走ったりするけど、耐えることはできる。死にはしない」
「手放せるうちに手放した方が――」
「でも、これを手放したら妹が構ってくれないかもしれない」
男は深刻そうな顔を浮かべつつ、そんな事を言い出しました。
昔の妹は、よく自分の背を追いかけてきた。けど、大きくなってきてからはそんなにベタベタとくっついてこなくなった。
呪いにかかってからは、昔のように傍に来てくれるようになった。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるようになった。男はそれを誇らしげに語りました。
「呪いがなくなったら、親父もお袋も『仕事を探せ』と言い出す。前みたいに。そんなの……面倒だろう?」
「家族に迷惑かけたいのか?」
「妹は迷惑なんて思ってないよ。思ってたら文句の1つぐらい言うはずだ」
「それはお前の認識だろう」
用心棒は男に向ける視線をさらに厳しいものにして、「悪いことは言わないから、手放せるうちに手放せ」と勧めました。
しかし男はヘラヘラと笑って助言を受け流し、「呪いも付き合い方次第なんだよ」などと語りました。
「俺には家族の愛が……妹の愛があるから、この苦難も乗り越えられる。大丈夫」
「…………」
「そもそも、店主さんも呪いなんか押しつけられたら困るだろ? 俺と違って、アンタは看病してくれる妹なんていないもんな!」
男が笑ってそう言うと、店主は「仰る通りです」と言いつつも、「そもそも看病していただく必要がないのです」と言いました。
店主は長兄から与えられた
「あぁ、そうだ。これからウチの家族の話を聞かせてやるよ。アンタら暇そうだから、俺の妹がどれだけ甲斐甲斐しく俺を世話してくれているか聞きたいだろ? 聞きたいよなぁ?」
「どうでもいい。用事がないなら帰んな」
用心棒は男を視界に入れないために目をつむり、少しドスを利かせた声色を出しました。しかし男はニヤニヤと笑って「嫉妬するなよ」と言いました。
去って行こうとする男に対し、店主は「本当に取引せずともよろしいのですか?」と聞きましたが――。
「手放した方が後悔する。俺はいま、幸せなんだ。幸せを見つけたんだ」
「そうですか……。では、またのご来店を心待ちにしております」
店主が恭しく礼をする中、男はヨタヨタと帰っていきました。
店の表口の扉が閉まると、用心棒は目を開いてボヤきました。
「変わるのはアイツの認知だけじゃないのに……」
「御客様自身の選択です。あの御方が満足しているなら、それでよいのでしょう」
店主は明るくそう言った後、店の表口に歩み寄っていきました。
新しくやってきた女性客に歩み寄り、いつもの調子で「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」と問いかけました。
女性客は寝不足なのか少し疲れた様子でしたが、店主に縋り付きながら「ここでは何でも買い取ってくれるんですよね?」と問いかけ始めました。
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