兄+
呪
「くぁ~…………」
眼帯白髪の自称用心棒は欠伸をした後、「暇だね」と言いました。
「客が来ないから暇だ」
「御客様が来たとしても貴女は暇でしょう。店員ではないのですから」
グラスを磨いていた店主はその手を止めないまま、そう呟きました。
自称用心棒は座っていた回転椅子で一回転した後、「茶と茶菓子ぐらい出してくれよ」とボヤきました。店主はピシャリと「御客様でもない貴女に出す必要はありません」と言いました。
ただ、それだけでは終わらず言葉を投げかけました。
「どうしても欲しいのであれば、私と取引しましょう」
店主は磨いたグラスを卓上に「トン」と置きつつ、こう言いました。
用心棒は「それは嫌だ」「茶だけでも寄越せ」と厚かましい事を言いました。
「お前さんには恩義があるが、私の人生に『お前さんと取引する』という選択肢を増やしたくないんだよ」
「貴女と恩の取引をした覚えはありませんが――」
「今日は客が来なくて暇だろ? 話し相手になってやるから、何かくれ」
「それは取引という事でよろしいですか?」
「めんどくせぇ店主!」
「勧誘しがいのあるオキャクサマですね」
用心棒と店主はその後もしばし、他愛ない話を続けました。
そうしていると店のドアベルが鳴り、1人の男が入ってきました。
その男は顔の血色が悪く、寝間着姿でした。彼は病人のようによろめきながら入ってきました。そして叫ぶように声を出しました。
「こ、ここでは何でも買い取ってくれると聞いたが、本当か……!?」
「はい。御客様が価値を見出しているものは、何でも質草として引き取ります」
店主は男に近づき、ペラペラと店の説明を始めました。
ですが男はそれを遮り、「買ってほしいもの」について語り始めました。
「俺の呪いを買い取ってくれ!」
「ほぉ、呪いですか。……確かにかけられているようですね?」
店主は無邪気な空気を醸し出しつつ、「面白い呪いです」と称しました。
男はちっとも面白くありませんでした。
何せ、ただひたすら身体が痛む呪いなのです。
男は死にはしないものの、死にたくなるほどの苦しみが不定期に襲ってくる呪いにかかっていました。あくまで呪いなので医者にかかっても何とも出来ず、苦しんでいました。
苦しいからこそ、男は呪いを手放したがっていました。
噂に聞く「質屋」なら何でも引き取ってくれる。それを最後の望みとして、男は肩で息をしながら店までやってきたのです。
「こんなもの売りつけられても困ると思うが、何とか……!」
「呪いだろうが不治の病だろうが、言い値で買い取りますよ」
「金を出してもいいぐらいだ! こんなもの手放せるなら――」
「あぁ、あまりそういう事を仰ると引き取れない可能性が~……」
質屋は男の呪いの価値を算出しました。
結果、残念な結果が出ました。
「これは質草に出来ませんね」
「なんだと!? うそつき! あいたたたたたっ……?!」
「嘘ではありませんよ。ええ」
店主は揉み手しつつ、「現状では引き取れません」と重ねて言いました。
そう言いつつ、男を騙したわけではないと言い訳を始めました。
「当店で引き取れるのは『御客様が価値を認めているもの』に限ります。つまり御客様が『無価値』と考えているものは引き取れないのです」
「どういうことだ!?」
「御客様は呪いを『いらないもの』と考えているでしょう?」
「当たり前だろ!?」
「という事は、無価値な
男が呪いに対してネガティブな印象を抱いている以上、買い取れない。
男が「金を出してでも引き取ってほしい」という認識である以上、価値をつけられない。客にとっての価値がなければ店主は引き取ってくれないのです。
納得がいかない男は「お前だけが頼りだったのに! よくも騙したな!!」と叫び、店主に掴みかかろうとしました。
それより早く――それでいて「ゆらり」とした動作で動いた――用心棒が男の頭を指で叩きました。
脳を揺らされた男はその場に倒れかけましたが、用心棒はその首根っこを掴んで無理やり椅子に座らせました。
「やめとけ。お前じゃ<
「そんな事はしません。ただ、店内での暴力行為はやめてくださいね?」
店主は男だけではなく、用心棒に対してもやんわり告げました。
男は「どうすればいいんだ」と呟き、さめざめと泣きました。
質屋は「呪いを解呪できる人を探すのはどうでしょう?」と言いました。男がいる世界に解呪が可能な人はいませんが、世界は数多存在するため、どこかの世界には存在するかもしれません。
ただ、男はそれをするだけの元気もお金もありません。寿命を差し出して質屋と取引し、異世界に旅立って人捜しをする元気もありませんでした。
「どうしようもないじゃないか! このまま死ぬまで苦しめと!?」
「まだ方法はありますよ。御客様の認知を変え、呪いに『価値』を見出すのです」
<訣別の魔神>の質屋において、質草の価値を決めるのは本人。
呪いだろうが病だろうが、本人がそれに価値を見出せば手放せますよ――と店主は助言しましたが、男は「無茶を言うな」と表情を歪めました。
「ただ苦しいだけの呪いに、何の価値を見いだせるんだよ」
「お前、打ち込んでいる趣味はないか? 生きがいでもいい」
「女ァ……。お前、俺に興味があるのか? 俺が好きなのか?」
「違う。価値を見出す手伝いをしてやろうとしているだけだ」
用心棒は身を乗り出してきた男の顔を押さえつつ、否定しました。
「この店の客に画家がいる。そいつは日々努力することに疲れているらしい。研鑽を積んでも大成せず、競争相手に勝てない日々に疲れ果てているそうだ」
才能はあるものの認められず苦しんでいる。
大成どころか日銭を稼ぐにも難しいため、生活も苦しい。精神的にも資金的にもずっと苦しい日々が続いている客がいる――と用心棒は紹介しました。
「そいつは『いっそのこと、利き腕を売れば諦められるかも』とボヤいていたんだ」
「はぁ、腕を? 画家にとって利き腕は命じゃないのか?」
「重要なものだからこそ、それを手放せば諦めがつくんじゃないか――って思ったんだろう。何かきっかけがないと諦めにくいんだろう」
腕を売れば、もう絵を描くのも難しくなる。
頑張ることが出来ないから、頑張らないで済む理由が作れる。
用心棒は「それは一種の救いとなる」と言いました。
「頑張らないで済むという救いが『価値』になるんだ。お前もその画家みたいに打ち込んでいる事があるなら、『呪いの所為でもう頑張れない』『頑張らずに済む』って気持ちになれば……呪いに価値を見いだせるかもしれんぞ」
「打ち込んでいることはないな。別に」
「うーん……。そうか。まあ、そんな都合良くあるわけないか」
用心棒は「お手上げ」と言いたげに両手を上げました。
男は「何とかしてくれよ!」と店主に食い下がりましたが、店主はにこやかに「この方の仰るように、呪いに価値を見出せば手放せますよ」と言いました。
「今日のところは一度帰って、呪いの価値について考えるのはどうでしょう?」
「クソッ! 役立たず店主が!! こんな店、もう来ねえよっ!!」
「またのご来店を~」
呪い男は悪態をつきながら帰って行きました。
そして、数日後戻ってきました。
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