引退デスゲーム



「御客様。実は私は『人間』ではないのです」


 店主が重大な秘密を明かすようにそう言うと、少女は「いや、それは見れば大体わかるけど……」と思いつつも努めて驚いた顔を見せました。


「わお。それは知らなかった!」


「実は私は<地球>という星で創造された存在なのです」


「それはマジで知らなかった」


「当時、地球には旧人類じんるいが暮らしていました。しかし、彼らは汚染された大地で苦しみながら滅びを迎えようとしていました」


 そんな最中、質屋の店主は生まれました。


 現在は<訣別の魔神>とも呼ばれる彼は姉妹兄弟達と共に滅びかけの世界に生まれ、人類等の知的生命体を助ける事を望まれました。


「我らの末弟はとても優秀な子でした。彼は憤怒に突き動かされるまま力を振るい、数多の世界を創造しました。それらの世界という畑に人類の種を撒き、人類を滅びの運命から救ったのです」


「それは本当に優秀な弟さんだね」


 店主は胸に手を当て、嬉しげに「そうでしょう」と言いました。


「私も彼に負けないように頑張っております。私も彼も『理性的動物の進化』を促す願いを託され、ずっと存在を続けているのです」


「理性的動物……?」


「理性によって物事を考える動物のことです」


 御客様のような人類に限らず、天使等もそれに当たりますと店主は言いつつ、さらに言葉を続けました。


「我らの創造主は我ら姉妹兄弟に進化を促すための力を与えました。長姉に関してはそれとは別の力を与えましたが――」


「別の力?」


「観測者としての力です。姉妹兄弟、そして理性的動物の皆々様がどのような進化を遂げているかを観測し、数多の可能性を創造主に報告する役割です」


「へぇ~……」


「私は『取引』の力を授かりました」


 旧人類の時代から取引は進化を促してきた。


 不要なもの、あるいは有用なものを手に入れるための対価として用意された交易品や貨幣のやりとりにより、文明は進化を続けてきました。


「しかし、旧人類の時代には取引できないものも存在していました。『何もかも取引できるようになれば、理性的動物はさらに進化するかもしれない』という願いを託され、私は何でも取引できる機構システムとして生まれたのです」


「なるほどね。私も店主さんには助けられてるよ」


 少女は機械製の猫耳をピカピカと明滅させつつ、「お陰様で私はゲームやってるだけ暮らしていけてるからね」と言いました。


 店主が様々な価値のやりとりを仲介する事で、世界全体の価値の整理を行う。誰かが活用しきれていない技術を必要とする誰かに即座に渡す。


 技術以外にもあらゆるものの取引を可能とし、世界に新たな手段を生み出す。それによって進化を促す。店主はそのためにずっと活動を続けてきました。


「取引によって進化を促すのが私の存在意義なのです」


「なぁるほど……。でも、大変じゃない? 頭がおかしくなったりしないの?」


「と、仰いますと……?」


「店主さんは『取引』の力を持っている。それを使って私の技術や記憶を引き取ってくれているけど……私以外にもたくさんの人の記憶を引き取ってるんでしょ?」


 店主は頷き、「星の数以上の記憶を受け取ってきました」と言いました。


 中には引き取られていった記憶もありますが、まだまだ多くが私の内に宿っていますよ――と店主は言いました。


「そういう記憶に影響されて、人格がおかしくなったりしないの?」


「本来は発狂してしまいますねぇ。あまり多く受け入れると」


「今は何とか耐えられている……ってこと?」


「いえ、長兄が洗脳で私の自我を強化してくださったのです。どれだけ多くの記憶や呪いを内包しようと、私は私である事を確立してくださったのです」


「壊れないよう気遣ってくれたのか。優しいお兄さんだねぇ」


 少女が微笑ましそうに言い、店主が照れた様子で頭を掻く横で自称用心棒は物言いたげな表情をしました。


 したものの、あえて突っ込まずにおきました。


「大丈夫とはいえ、発狂する危険もあるのに店主さんは頑張ってきたわけだ。えらい! でも、進化を促したいなら私みたいに『停滞』を選んでいる人はお客にしたくないんじゃない?」


 だから微妙な反応してたんでしょ――と言われると、店主は頭を振りました。


 確かに立場上、同じゲームをずーーーーっと続けているような人は思うところがあります。でも、御客様の判断を支持しますよ――と店主は言いました。


「円環の如き生を望む方は、御客様以外にも大勢います。繰り返す日々ではなく、新しい日々を選んでいただけていないのは私の力が足りていないからです。申し訳ない」


「いやいや、こっちが申し訳ない! でも今後も同じこと繰り返すと思う」


「ご随意に。御客様に提供していただける技術はとても助かっているので、取引を続けていただけるのは嬉しいですよ」


 実際、少女が持って来たプレイヤースキルは次々と売れていました。


 基本的に「チート」として足が着かない方法で一気にプレイヤースキルを向上させる方法は、一部界隈では人気になっていました。


 強力なスキルとはいえ付け焼き刃を活かし切れず、磨き上げられず、界隈の技術向上についていけずナマクラ以下の刃にしてしまう購入者もいましたが――。


「当店を利用していただけているだけで、私はとても嬉しいです。多くの御客様が私を『悪魔』『天使』『邪神』などと言って恐れ、店に近づいてくれない事も多いので……常連さんというだけでとても助かります」


 店主が「私は兄弟姉妹の中で落ちこぼれなのです」などと言い、ヨヨヨと泣き真似をすると自称用心棒は呆れ顔を向けました。


「そりゃあ、寿命も記憶も奪い取れる存在には近づきがたいだろうよ」


「私の力はあくまで『取引』です。合意がなければ取ったりしませんよ」


「本当かぁ~?」


「ホントです、ホント。ワタシ、仲介機構システム。ウソツカナイネ」


 店主は少し戯けた後、直ぐにため息をつきました。


「取引普及のために自治体や国家の決まりに従って、制限もつけたりしているのですが……利用者はそこまで増えていないのですよねぇ」


「お前、言うほど決まりを守らないだろ。そういうとこだぞ、悪いのは」


「そんな! 私は悪気なく取引に応じているだけなのです。『力がほしい……』と思っている危険人物はよく来るんですけどねぇ」


 用心棒が眉間を揉んで唸る中、少女はクスクス笑いました。


 そして、「店主さんの力は強すぎるんだよ」と言いました。


「私の力など、末弟と比べれば月とスッポンでございますよ」


「でも、貴方は普通の人が出来ないことが出来る。出来ない取引が可能になる」


 それは普通じゃない。


 普通じゃないからこそ、恐れる人も出てくるんだよ――と少女は言いました。


「世の中には進化なんて望んでいない人もいる。進化したら確かに世界はよくなるかもしれないけど、今でも十分に楽しいって思う人も大勢いる」


「ふぅむ……」


「進化するためには、いっぱい頑張らなきゃいけないからね。頑張るのは疲れるもん」


「しかし、御客様は何度も進化を続けてきたでしょう? ゲームのプレイヤースキルを上達させるうえで、何度も何度も――」


「私だってそれを『苦しい』と思う事があるよ。楽しいって気持ちが勝っているから続けているけど、進化も努力も大変なことだもん」


 少女は進化と退化を繰り返し、同じ場所を回り続けてきました。


 その日々を「楽しい」と考え、満足していました。


「進化していくって事は、『普通』ではなくなっていく事。普通じゃなくなる事に及び腰になる人はたくさんいる。そうじゃなかった?」


「確かに、仰る通りです。……でも私は皆様に進化してほしいのです」


 そうしなければ私達の存在意義をまっとうできない。


 困った様子でそう言う店主に対し、少女は1つの助言を投げかけました。


「取引を普及させていけば、『普通』の基準が変わっていくんじゃない?」


「基準が……?」


「人類は進化を繰り返してきた。昔はなかった携帯端末も――使用方法を覚えるというハードルがあっても――便利である事が広く知られたら普及していったでしょう?」


 少女はニヤリと笑いつつ、「人間は『普通じゃない』ことが嫌いかもだけど、『便利』って飴にも弱いからね」と言いました。


「新しい力が危険性を孕んでいても、『便利』という魔力は抗えない。店主さんの力は実際とても便利だから、その認識が広まっていけば取引してくれる人もたくさん増えていくよ」


 店主は少女の言葉を受け止め、しばし心中で繰り返していました。


 心に刻んでおきます、と言いました。


 そのような話をした後、少女は取引を済ませて帰っていきました。


 用心棒は店主に代わって彼女を見送った後も、少女が去って行った扉をじっと眺め続けていました。そして、ポツリと呟きました。


「……あの子、何度人生をやり直してもあのゲームはハマり続けてるんだね」


「それだけではありません。挑戦し、上達する事にものめり込み続けています。ああいう向上心のあるところは御家族に似たのかもしれませんね」


 店主は用心棒を見つめつつ、そう言いました。


 見つめられた用心棒は薄く笑って、「そんな事ないよ」と否定しました。



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