忘れてニューゲーム



「ゲームのプレイヤースキルって、テレビゲームとかの?」


 用心棒はコントローラーを使っているようなジェスチャーをしつつ、問いかけました。少女は頷き、「据え置き機以外のゲームもよくやってますけどね」と言いつつ、語り始めました。


「遊ぶゲームのスキルを売って生計を立てているんですよ、私」


 今日、少女が売りに来たのは格闘ゲームのスキルでした。


 ゲーム名は<デモンズファイター>というもので、世界一遊ばれているわけではありませんが格闘ゲーム界隈では1、2位を争うほど遊ばれているゲームでした。


「デモンズのスキルはかれこれ10回は売ったはずです」


「ゲームのスキルを売るって事は、初心者に戻っちまうんじゃないのかい?」


「戻っちゃいますね~。ピヨピヨのヒヨコちゃんに戻っちゃいます」


「大変だろうに。売れる域まで何度も磨き上げるのは……」


「それが楽しいですよっ!」


 少女は心底楽しそうな笑みを浮かべました。


 少女のためだけのお茶を淹れてきた店主曰く、少女はデモンズゲームに限らず色んなゲームのスキルを売っているそうです。


 プレイヤー同士の対戦が盛んで、なおかつ自分自身が「楽しい!」と思ったゲームを選び、磨き上げたスキルを売り物にしているようです。


 上達するための練習方法や気づきはノートにまとめているので、困った時はそれを見れば何度でも上達できますよ――と少女は胸を張って言いました。


「最初、コーチングで稼いでいこうかな~と思ったんですけど、人付き合い苦手なんですよ。そんな時、店主さんと出会って『プレイヤースキルを売る』という新しい稼ぎ方を教えてもらったんです!」


「必要なスキルを売るって事は、それを磨き上げてきた月日の記憶もかなり売ってるんじゃないのかい? それは、何というか……寂しくないのかい?」


「いえ全然。面白いゲームって『記憶を消して何度もプレイした~い』ってなるでしょう? なりませんか? 記憶が消えるのは好都合じゃないですか」


 用心棒は「そういう意味じゃないんだけどね」と思いつつも、楽しげな少女に水をさすのは控えました。


「初心者に戻ると勝つの難しくなるけど、上達の喜びを強く感じられるんですよねっ……! 強くなっていく過程もまたゲームなんですよぅ」


 キラキラした瞳でそこまで語った少女でしたが、その表情を真面目なものに変え、「また這い上がれるとは限りませんけどね」と言いました。


 上達に困った時のために覚書や動画を残しているとはいえ、それを上手く扱えるとは限らない。せっかく手に入れた技術をホイホイと手放し続ける綱渡りは、いつか終わってしまうかもしれない。


 今まで何度もトッププレイヤーの座を掴んできたが、次もまたその栄光を掴めるとは限らない。「私が一から始めている間に、他の皆も研究してもっと先に走っていますからね」とこぼしました。


「いや……お嬢さんなら何度でも頂点に立てるよ」


「あはっ。お世辞でも嬉しいですっ」


「お世辞じゃないさ……。実際、何度も上手くやっているんだろう?」


「今のところはそうみたいですね。ゲームオーバーではなく、楽しくニューゲームの日々を送っています」


 少女は1年に1、2回プレイヤースキルを売るだけで十分に生計を立てる事が出来ていました。


 大会での優勝や、戦績という確かなデータに裏付けされた自信は、質草を入れる時の価値に大きく影響していました。


「何度忘れても幾度となく優勝してきた実力は、もはや魂に刻まれた強さなんだよ。お世辞ではなく、お嬢さんは何度だって上手くやれるさ」


「ありがとうございます。……あれっ? 優勝経験とかお話しましたっけ?」


 自称用心棒は「さあね」と言い、誤魔化しました。


 少女は「ひょっとして前に会った事があるのかな?」と思いましたが、記憶を探っても思い出す事は出来ませんでした。


 会っていたとしても、その記憶もプレイヤースキルと一緒に売ってしまったのだろうと結論づけました。「まあいいや」とも考えました。


「あっ、そうそう。店主さん、いつもの記憶も売っておきたいんですけど!」


「いつものというと、あのゲームのプレイ記憶ですか」


「そう! 十三機士防衛圏の記憶! 忘れてニューゲームさせてくださいっ!」


 少女は手をすり合わせ、店主に「おねが~い!」と懇願しました。


 店主は常連の少女に対し、ずっと丁寧に接していたものの――その話をされた途端――少しだけ嫌そうな雰囲気を纏いました。


 ほんの少しだけしぶりつつ、「はい、はい。引き取りますよ」と言いました。


「タダでもいいので引き取ってください!」


「タダには出来ないんですよね……。質草の価値を決めるのは御客様なので」


 少女はそのゲームに対し、「記憶を消してまたやりたい!」という考えを持っていました。そんな考えがあるからこそ、輝かしいプレイ記憶は大きな価値を持っていました。


 何度も何度も同じゲームのプレイ記憶を質草に入れている少女は「好きなゲーム何度も楽しめて、お金までもらえるなんてサイコ~!」と喜びました。


「店主さん毎回ごめんねぇ。私にとっては宝物でも、店主さんにとっては扱いに困る商品きおくだよね?」


「いえ、まあ、この手のものも需要はありますからね」


 遊ぶ時間や気力のない方が「ストーリーだけ知りたい」と買っていく事もあるのですよ――と店主は紹介しました。


 少女はそれを聞いて「勿体ない!」と叫びましたが、用心棒は苦笑し、「ゲームや映画を楽しむには時間だけではなく気力もいるんだよ」と言いました。


「なのでお気になさらず。今回も質草として引き取らせていただきます。ええ」


「でも店主さんはちょっと嫌そうだね?」


「同じゲームを何百回と遊ぶ時間を、新しいゲームに充ててほしいのですよ。新しい世界に触れていただき、進化してほしいのです」


「ひょっとしてその話、前も教えてもらった?」


 店主は頷き、その記憶も手放してしまいましたね、と言いました。


 店主はそれでも何度も繰り返してきた説明を口にし始めました。


「進化を促す。それが私の喜びであり、存在意義なのです」



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