身体の価値
「国は大きく豊かになったが、万民が幸福になったわけではない。発展という船に乗り遅れてしまった者達も大勢いる」
王は貧民達に眼差しを注いでいました。
自身の目は盲いていようと、臣下達に貧民達を見守らせました。
国が貧しく荒れていた頃、貧しさゆえに犯罪に走らなければならない国民が大勢いました。貧民を救わなければ彼らが犯罪に走り、国が再び荒れてしまうかもしれない。王はそう危惧していました。
発展に乗り遅れた貧民を「成長できなかった者」「不勉強な者」と嘲笑う者もいましたが、王はそんな者達をたしなめました。
「彼らを笑うのは明日の自分を笑う事に繋がる。貴様らが戦や事故で耳目や手足を失った時、どうやって生きていく? それを不勉強だ、努力をしなかった所為だと笑うような貧しい心など売ってしまえ」
王は皆のためだけではなく、自分自身のためにも貧民を救おうとしました。
ただ、直ぐに全てを救う事は出来ませんでした。
コーラル王国と連合軍の戦争の影響で――。
「戦争そのものは直ぐに終わったんだろう?」
「ああ。初戦で敵軍を打ち破った勢いで、敵国の首都まで一気に攻め上がって諸王達の喉元に刃を突きつけたからな。しかし、戦争の爪痕は残っておる」
用心棒の言葉に頷いた王はそう言いました。
コーラル王国は強くなりすぎました。
王国に負けた周辺諸国は戦争終結後、荒れました。戦後の賠償や内紛によって国が荒れてしまい、多くの難民がコーラル王国に流れてきました。
コーラル王国は怪物に支配されていると言われていましたが、それでも「他所の国よりマシ」と考えた難民達が多く流れてきたのです。
難民が水のように流れてくる事で、コーラル王国の貧困層は爆発的に増加しました。王達の救貧策が追いつかない速度で増えていきました。
王は「我は先の戦争でやり過ぎた」と自戒しつつ、言葉を続けました。
「新しく思い切った施策が必要になった。現状、店主の協力によって『寿命を売る』という救貧策があるが……これには大きな問題がある」
「まあ、命を切り売りするのはねぇ……」
寿命は貧民でも持っている価値ある質草でした。
寿命を質草にして資金なり技術を得て、生活を立て直すという方法がありました。しかし生きるために命を削るという大きな問題がありました。
さすがの王も
そのような手段もあると紹介しつつも、「寿命が短くなれば短くなるほど、買い戻すための価値が高まってしまう」「ゆえに推奨できない」という言葉も添えていました。それでもなお寿命売りに手を出す貧民も存在していました。
質屋に頼らず、国庫から金を出して貧民を救う方法も当然あります。
ただ、何千人も救うだけの余裕はさすがにありません。
難民が増えつつある事から新しい対策を打つ必要があったのですが――。
「店主。
「もちろん可能ですよ」
「そうか。これは我が賢妹からの献策なのだが――」
救貧策に迷っていた王は、目に入れても痛くないほど可愛がっている妹からある提案を受けていました。
王はその提案をされた時、妹が持って来た人形を手にしながら店主に語りかけ始めました。寿命とは別に価値あるものの取引について話し始めました。
「小人になってもらえば、衣食住にかかる費用は格段に安くできるはずだ」
大きさを売って小人になれば、大人1人を養うための費用で数十人の小人を養う事が出来る。王は妹がくれた案を名案だと信じつつ、口にしました。
店主も「素晴らしい案です」と支持しました。
ただ、用心棒は首をひねりました。
「けど、労働力としては使えなくなるだろ」
「力仕事は難しくなるな。しかし、小人でも出来る仕事はある」
例えば狭い空間への出入り。
人の手では届かないような
例えば細工物。
常人より小さな手を使い、精巧な細工物を作る事が出来る。
王はそう言いました。後に
「小人化した後に必要な技術に関しては、『大きさ』を売る事で得られるだろう」
「仰る通りです。当店では技術も販売可能ですからね」
何の技術を持っていない人間でも、大きさを質草に技術を身につけられる。
身体が小さくなるデメリットも存在するうえに、大きさだけで何もかも手に入るわけではありませんが――。
「人は変化を恐れる。逆に言えば『小人になってしまう』という大きな変化に大きな価値が生まれるはずではないのか?」
王の読みは当たっていました。
大きく変化するからこそ、大きさを失う価値は高まりました。
王は「小人化した国民の衣食住を国で支援するつもりだ」と言い出しました。
4、5人住める程度の邸宅だろうと、手のひら程度の大きさになった小人達にとっては巨大な集合住宅になる。食事の1人前の基準も大きく変わる。
これは国庫を苦しめずに済む価値の変化となりました。
小さくなる事は「恐ろしいこと」であっても、国が衣食住を世話し、外敵からも守ってくれるという事実は貧民達を勇気づけました。
「問題は健康や寿命の問題だ。小さくなった結果、
ゆえに王は「売るのはあくまで大きさだけ」で済む方法を求めました。
その模索を店主に依頼し、店主は取引拡大の好機と考えて喜んで受け入れました。そして王と共に「安全な小人化」についての研究を始めました。
「被験者に関しては、そちらで用意していただけるのでしょうか?」
「もちろんだ」
王は囚人達に赦免を取引材料とし、実験に協力させました。
囚人を使った人体実験で成果を得た後、金を払って志願者を募りました。
店主は王が連れてきた者達と取引をし、安全な小人化の方法を模索。ただ大きさを奪うだけでは王が懸念した通りの健康被害が発生しましたが、試行錯誤の果てに「比較的安全な小人化」は実現しました。
王はそれを新しい救貧策として発表しました。
多くの貧民は――国が支援してくれるとはいえ――身体を大きく作り替える小人化に関して後ろ向きでした。
それでも思い切って小人化した者が1人、2人と増えていくうちに、小人化はコーラル王国において当たり前の救貧策として受け入れられていきました。
小人化した貧民の中には、大きさの代償に手に入れた技術で生計を立て、元の大きさを取り戻す者もいました。
貧民以外にも小人化は広まっていきました。
老人達も小人化に手を出し始めたのです。
大きさを売って得た財で余生を楽しんだり、あるいは子や孫に渡す遺産を手に入れたり、小さくなる代わりに寿命を買う者達も出てきたのです。
周辺諸国は――異形どころか小人まで現れ始めた――コーラル王国に恐れおののき、「邪神の国だ」とも言いました。
それらの風評が殆ど意味をなくすほどコーラル王国は発展していきました。王国は戦争すら起こさず版図を広げる事も増えていきました。
質屋の店主は「大口取引どころか、新しい進化のモデルケースを得た」と喜んでいました。しかし、自称用心棒の反応は冷めていました。
「このままずっと発展していく……って事にはならんだろう」
「悲観的ですね」
「事実だろう?」
用心棒は質屋に持ってこられた逆さ十字の首飾りを弄びつつ、そう言いました。
王の活躍によって忘れ去られつつありますが、コーラル王国では<救世神>という神が信仰されていました。逆さ十字はその信仰の象徴でした。
「あの王がいる世界も救世神が創ったものだ。
用心棒の言う通り、その神は実在していました。
彼の神は数多の世界を作り、そこに人類の種を撒いていました。
そして文明という稲穂が育った後、それを刈り取り続けてきました。
「お前達はやり過ぎた。発展しすぎた。そろそろあの魔神が動くよ」
「……そうかもしれませんねぇ」
救世神――またの名を<源の魔神>による収穫の時が近づきつつあったのです。
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