侵略の価値



「豊かになるのも考えものだな」


 コーラルの王は玉座で報告を聞き終わった後、嘆息しました。


 王達の奮闘により国は豊かになりつつありました。


 しかし、豊かになったからこそ価値が高まってしまったのです。


 コーラルに他国による侵略の魔の手が伸びつつありました。今はまだ「大人しく下につけ」という通告のみですが、それに従わない場合どうなるかは誰の目から見ても明らかでした。


 盲目の王は他国の侵略を退けるのは難しい、と考えていました。


 優秀な忠臣達がいるとはいえ、コーラルは小国。立て直そうとしている国が戦い慣れている国と戦うのは病人と軍人が戦うようなもの。


 どれだけ考えを巡らせても自国の力だけで侵略者に立ち向かうのは難しい。そう結論づけた王は再び質屋に赴きました。


「さらなる取引を望む。今度は純粋な力が欲しい」


 王は質草として「自分の容姿」を用意しました。


 整った顔立ちだった王は異形の怪物と化し、侵略者達の戦いの先頭に立って戦いました。何も見えずとも軍隊を蹴散らせるほどの怪物として戦いました。


 敵国の兵士達はその姿を見ただけで震え上がりました。


 自国の兵士達ですら、異形の王を恐れました。


 王はただひたすら護国のために戦いました。味方の兵士がついてこない時があろうと、それは「致し方ないこと」としてほぼ1人で敵軍を強襲しにいくほどでした。


 姿も戦果も恐ろしい怪物王に対し、兵士達は震えていましたが――王が常に先頭に立って戦っている姿に勇気づけられ――怯えていた事を謝罪し、自分達を王より前に出してほしいと懇願しました。


「ならん。其方達は我の背を守れ」


 王はあくまで自分が先頭に立って戦う考えを固持しました。


「我々の戦いはこの先も続く。此度の戦は前哨戦に過ぎぬ。国を立て直すという戦いはこの後も続く以上、こんな戦いで其方達を失っておれん」


 王は「我と死を恐れるのは正しい」と肯定し、人々を守りました。


 兵士も国民も異形の王に心酔していきました。


 コーラルの敗北で終わると考えられていた戦いは、王の活躍によってコーラルの大勝で終わりました。侵略者はしばらくの間、コーラルに手出し出来ないほどの痛手を負う事になりました。


 大戦果と王の振るまいは狂信者を作るほどでした。


「王は天の代行者である。コーラルは<救世神ぐぜのかみ>に愛された国である」


「耐え忍ぶ日々は終わった。救世神による救済が始まったのだ!」


 王は狂信者やそれを煽る神殿の言葉を否定しました。


 架空の価値を積み上げ、真の価値から目を背ける行為を嫌いました。


「我の力は質屋との取引で得たものだ」


 王は店主の事を公衆の面前で紹介しました。


 国民達は怪しい風体の店主に困惑混じりの懐疑の視線を向けましたが、王が実際に取引をしている姿を見て、驚きながらも事実を受け止めました。


 王は「神」の否定のため、何度か店主を公の場に招きました。王はその事に関し、「手間をかけた」と労いました。


「この件に関して追加の対価は必要ないのか?」


「いえいえ、お構いなく。無料で広告を出させていただいたようなものですよ」


 店主は揉み手しつつ、「王だけではなく、国民の皆様にも取引を拡大させていただく好機だと考えております」と言いました。


 話を聞いていた自称用心棒は王に対し、「気をつけろよ」と忠告しました。


「こいつは誰彼構わず力を撒くぞ。王位を奪おうとしている奴らがコイツから異能を手に入れて、寝首を掻いてくるかもしれんぞ」


「その危険を覚悟すれば富国強兵が叶う」


 王は店主に対し、「其方との取引を拡大したい」と言いました。


「この店の門戸を、我が国民に対しても開いてやってほしい」


「おいおい……正気か? 毎回だけど、お前さん思い切りすぎじゃないかい?」


「コーラルは今後も大きな危機に見舞われるだろう。安寧を手に入れるためにはそれ相応の力が必要になる。……我だけでは皆を守る事は出来ん」


 王は危険リスクを承知で取引拡大の道を選びました。


 呆れた様子の自称用心棒に対し、「刺客には『我を殺して小国を手に入れるより、我と共に戦って大国を切り取る方が得策だぞ』と説くつもりだ」と言いました。


 実際、彼は自分の命を狙って来た刺客達を説き伏せていきました。


「コーラルを立て直すためには、尋常な手段ではならん。尋常ならざる手段に頼り、血を流す事になろうと我らは進むべきなのだ」


 国民を守ろうとする王は、国民にも危険を覚悟させようとしていました。


 その矛盾を抱きつつも、王は力を望みました。


「それに我が『質屋の利用を禁ずる』と触れを出したところで、皆がそれを守るとは思えん。……既に利用している者もおるようだからな」


 王は盲いた目を店主に向けつつ、そう言いました。


 その言葉にはそっと触るような気遣いもありながらも、短剣のような鋭さと冷たさもはらんだものでした。


 王は自分の目の届かないところに手を伸ばしつつある店主に「見えずとも見ておるぞ」と語りかけつつ、さらなる力を望みました。


 店主は深々と礼をしつつ、王の言葉を受け入れました。



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