血潮は珊瑚となりて
王権の価値
「生きてるか~? 天使共に殺されてねえか、っと……」
ある日、眼帯をした白髪の自称用心棒が質屋を訪れました。
彼女は暇つぶしの道具を入れた段ボールを抱え、足で店の扉を開けて店内に入っていき、壺を磨いている店主の姿を見つけました。
ただ、店主はため息で壺を磨いていました。
用心棒はそれを無視し、段ボールに入れて持って来た本を読んで暇つぶしをしていました。が、店主のため息がうるさすぎて仕方なく「何かあったのかい?」と聞いてあげました。
「<フセウイン>で革命が起こったのです」
「どこだっけ、それ」
「先日、刑事さんが来ていたでしょう?」
「ああ、寿命の取引してる奴も来てた国か」
フセウインで革命が起きた結果、政権が倒されたようです。
結果、フセウインと質屋の取引が全面禁止となったそうです。
「どうも私とフセウインの上流階級の方々が違法な寿命取引をしていたのがバレたようなのです。法を無視していた人々に怒った民衆が立ち上がり、革命が起きてしまったようで……」
「つまり、お前が悪いと」
「私は言われた通りに取引していただけなのですが……」
「言われた通りに法を守ってなかっただろうが」
革命のきっかけが質屋との違法取引だけに、革命後のフセウインでは質屋は嫌悪されるようになりました。「寿命という生き血をすする化け物」と呼ばれ、質屋との取引が全面的に禁止となりました。
中には店を襲撃する者もいましたが、それは用心棒の力無しで解決したようです。内装が少し汚れたものの、最後に残った血も拭き取り終えたようです。
壺の清掃を終えた後も店主はため息をつき続けていました。フセウインの取引は大口のものだったので、それが無くなって残念がっているようです。
「大人しく捜査協力だけしていれば、取引先を無くさずに済んだのに」
「それでは私の存在意義が腐って――」
2人の会話をドアベルの音色が阻みました。
店の扉が開き、誰かが入店してきたのです。
入店してきたのは顔も衣服も返り血で汚した青年でした。彼はその血を気にした様子もなく店に入り、店主達に話しかけてきました。
「ここでは何でも売り飛ばせると聞いた。真実か?」
「はい。御客様のモノに限りますが、何でも取引できますよ」
「たったいま奪ってきた王位を売りたい。可能か?」
「場合によっては可能です。しかし――」
店主は青年をよく見つめつつ歩み寄り、「貴方様の
「何故だ?」
「王権は支持あってのものです。王権を成立させている人々の同意がないと、貴方様のそれを手放すことはできません。それは貴方様を王たらしめるものかもしれませんが、貴方様だけのものではないのです」
店主がそう言うと、青年はアゴをさすりながらしばし思案していましたが、納得した様子で「そうか」と呟きました。
店主は「王位を質草に入れるのが難しくても、王位を手放して逃げるために必要な力や情報の用意は可能ですよ」と語りかけました。
しかし、青年は――。
「いや、それはよい。売れないと聞いて腹が決まった」
青年は王としてやっていく覚悟を決めました。
そのためにも質屋との取引を決める事を決めました。
「さて、どのようなものをお探しですか? 寿命ですか? 資金ですか? それとも資源? あるいは人間でしょうか?」
「力が欲しい。国を立て直し、国民を守るための力が必要だ」
王の国の名を<コーラル王国>と言いました。
王国といっても弱く貧しく、痩せた土地ばかりの小国でした。
魅力らしい魅力を持たないからこそ他国も食指を伸ばして来ませんでしたが、国土は荒れ放題で治安も悪い国でした。
王は王としての務めを果たすと決めた以上、どんな力でも利用して国を立て直さねばならないと思っていました。尋常ならざるものに頼った結果、血を流す事になっても改革を実行に移す事にしていました。
「其方なら、我が国を立て直す事が可能か?」
「国を立て直すのは御客様自身です。私は助力しか出来ません」
その助力の内容として、質屋は様々な商品を紹介しました。
その中には王の気に入るものもありましたが、実際に取引を始める前に店主は大事なことを説明し始めました。
「取引を行う前に、この店の決まり事を説明させてください」
ひとつ、御客様のモノの価値は御客様が決める。
ふたつ、店のモノの価値は店主が決める。
みっつ、従業員を脅かす行為は禁止。
よっつ、御客様は店主の相続権を得る。
決まりは4つ。これはどの客に対しても必ず説明されるものでした。
4つの決まりを聞いた王は、直ぐに問いを投げかけました。
「その相続とは客の誰か1人が得る権利か? あるいは客で分割するのか?」
「前者でございます」
「其方の全てを相続する事になるのか?」
「はい、その通りです。しかしあくまで相続権なので、その時が来たら相続放棄していただく事も可能です。この相続放棄は御客様の意志のみで行えます」
店主は決まりに同意していただけるか聞きました。
王は「相続権に関しては、『その時』に検討しよう」と言い、決まりそのものには同意を返しました。それにより彼は正式に客人となってしまいました。
「我は知識を欲する。対価として我の右目を捧げよう」
王は最初の取引に片目を選びました。
用心棒は目をパチクリとまたたかせ、「いきなりか」と呟きました。
「曲がりなりにも王なら財宝の1つや2つあるんじゃないのか?」
「確かにあるが、それらはここ以外でも取引できるものだ」
王は自分の片目を指さしつつ、「そこらの商人は我の目など欲しがらん」と言いました。ただ、店主は嬉々として目の取引を受け入れました。
王から許可をもらった店主は、王の右目に手を伸ばしました。
その次の瞬間にはもう、王の右目はなくなっていました。抉り出した痛みなどなく、最初から存在しなかったように王の右目は失せていました。
王は興味深そうに唸りましたが、その興味は直ぐに別のものに――右目の対価としてもたらされた知識に向きました。
彼はしばしその場で新たな知識を確かめていましたが、直ぐにさらなる取引を行うべく、店主に声をかけました。
「さらに知識が欲しい。我の左目を捧げよう」
「おいおいおい……! お前さん思い切りが良すぎないか?」
嬉々とする店主とは違い、用心棒は王を止めました。
両目が無いと刺客に襲われた時、抵抗するのが難しいぞと言いました。
しかし王は毅然としたまま、「刺客は護衛に対応させる」と言いました。
「滅びかけの国を立て直すのだ。これぐらいはせねばなるまい」
「盲目で国を治めるつもりかい?」
「数は少ないが、信頼できる臣下もおる。彼らの言葉は我の目の代わりになる」
「そいつらに裏切られたら最後だよ」
「そうだな。確かに裏切りは恐ろしい」
王はそれについては認めました。
認め、さらに言葉を続けました。
「正直に言えば、我も全ての臣下を信用しているわけではない。だが、『裏切りは恐ろしい』と考えるからこそ、この眼に価値が宿るのではないか?」
王は店主が歓喜する言葉を吐きました。
店主は「久方ぶりの理解者が現れた」と喜びました。
王の言う通り、その眼には大きな価値がつきました。
両目を失った王はまたしばらく新しい知識に触れ、どう国を立て直していくか考えていましたが……ふと苦笑をこぼし、肩を震わせて笑い始めました。
「……何がおかしいんだい?」
用心棒がそう聞くと、王は「他愛ない事を思い出したのだ」と言いました。
「我が身は『天から貸し与えられたもの』だと教えられてきた。しかし、我が両目は我が意志だけで手放す事が出来た。つまり我が身は我だけのものという事だ」
王にはわかりきっていた事ですが、改めて確認できたことをおかしそうに笑っていました。ひとしきり笑った後、王は国に戻る事にしました。
慣れない暗闇の中、店主の介添えで出入口まで辿り着いた彼は「また頼らせてもらう」と言い、国に戻っていきました。
臣下達は盲目となった王に驚き、心配しましたが――。
「其方達には我の耳目、我の手になってほしい」
「王子……。いえ、王よ……」
「我が王として不適格と考えるなら、その手を使って我を処分しろ」
臣下達は王の言葉に打ち震え、支える決意を固めました。
王は与えられた知識で政を行い、国をよくしていきました。
王と臣下、そしてそれを信じる事にした国民の尽力により、痩せた国土に命が芽吹き、国は豊かになっていきました。
王の差配により、国内の治安も回復していきました。
しかし王が活躍した結果、新たな問題が浮上してきました。
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