放置国家
店主の社会貢献
「はぁ!? お前、アレ売っちまったのか!?」
眼帯をした白髪の女が店内で叫ぶと、継ぎ接ぎの外套を着た店主は「必要としている方に渡しました」と返しました。
「もちろん、必要な対価はいただきましたが」
「何を質草に入れさせたんだよ」
眼帯白髪の自称用心棒は店主の答えを聞き、呆れました。「それはさすがに釣り合っていないだろう」と言いましたが、店主は気にしてないようでした。
「
核兵器より恐ろしいものを世界にバラ撒いているようなもんだぞ――と自称用心棒は言いましたが、店主は気にした様子もなく言葉を返しました。
「それが皆様の進化に繋がるなら、いいじゃないですか」
「倫理観ゼロの魔神め」
「私は
自称用心棒は何を言っても無駄だと悟り、呆れつつも店に持って来た袋を店主に渡しました。
「まあいいや。これ、冷蔵庫に入れておいてくれ」
「ここは貴方の家でも事務所でもありませんよ」
「シュークリームの保管ぐらいタダでやれよ。お前の分もあるから」
「これほど厚かましい冷やかしなんて貴女ぐらいですよ」
店主は呆れつつ、仕方なく冷蔵庫を虚空から呼び出しました。そして自称用心棒から預かった品をそれに入れ始めました。
その後、店主は何かに気づいた様子で虚空を眺めた後、自称用心棒に「店の奥に引っ込んでいてください」と言いました。
「また貴女に営業妨害されると困ります」
「そう言うなよ。客がいいって言うならいいだろ?」
「ふむぅ……」
「誰が来そうなんだ?」
「警察の方です」
店主と用心棒がそんな言葉を交わしていると、店の扉が開きました。
やってきたのは黒スーツ姿の2人組。それに連れられた人相の悪い男でした。
人相の悪い男は拘束されており、急に連れてこられた見知らぬ場所に――質屋の店内に――驚き、辺りをキョロキョロと見回しています。
黒スーツ姿の2人組は慣れた様子で店内を進み、店主に挨拶してきました。
「魔神殿。約定に従い、捜査に協力していただきたい」
「承りました。そちらの方が新しい御客様ですね?」
「はい」
「では、記憶取引の仲介をさせていただきます」
黒スーツ姿の2人組は<フセウイン>という国の刑事です。
<フセウイン>は店主と捜査協力の約定を結んでいました。
質屋の店主は物品や寿命のやりとりどころか記憶のやりとりも可能。
それを活かして被疑者の記憶を抽出し、捜査官に渡して確かめてもらう事が出来るのです。これは一種の読心能力として利用できます。
フセウインの刑事達は難事件や即時解決が必要な事件に関し、質屋の協力を得てスピード解決をしてきました。
刑事達が連れてきた被疑者の記憶を確かめると――刑事達の見込み通り――犯人で間違いないようでした。
店の用心棒だと言い張り、質屋を利用した尋問の様子を見ていた用心棒はその様子を見て、「これで事件解決だね」と言いました。
「お疲れさん」
「いえ、ここからです。まだまだ立証が続くのです」
捜査はまだまだ続きます。
質屋経由で手に入れた犯人の記憶があれば、犯人が誰かは当然として犯行の手口に関してもほぼ完璧にわかります。
記憶を頼りに手口の確認を行い、諸々の隠蔽工作や協力者の割り出しなどを行っていく事でやっと事件の全貌が明らかになる――と刑事は言いました。
「質屋経由とはいえ、犯人の自白取れたならそれでいいんじゃないのか?」
「法の公平性を高めるためです。魔神殿の助力があれば間接的な自白は取れますが、
刑事は自分の胸に手を当てつつ、「私達にその気が無くても、それが出来る時点でより客観的な立証が必要なのです」と言いました。
どうしても立証のための証拠が見つからない時は、捜査官ではなく第三者に記憶の読み取りと証言を依頼する事になります。
ただ、基本的には質屋を介して手に入れた記憶は「捜査を円滑に進めるための補強材料」に過ぎないそうです。
「魔神殿の助力という『杖』を得た事で、
刑事は馴染みの協力者となった店主を褒め称えました。
店主は揉み手しながらそれを聞いた後、ちょっとした商談を始めました。
「この機会に取引を拡大しませんか? フセウインは行政機関にしか当店の利用を認めていません。それも捜査協力という限定的なものです」
記憶の仲介以外にも色々と取引できる。
それを利用していただければ、貴国をさらに発展させられるかもしれませんよ――と店主は言いました。しかし刑事は苦笑しながら首を横に振りました。
「捜査協力以外での利用は現行法で禁じられています」
「ええ、ええ。なのでその法律を改正していただく事で――」
「それは一刑事に過ぎない私に決められる話ではありません」
刑事は苦笑したまま、「取引拡大を望んでおられる事は上にも伝えています」と答えました。ただ、刑事本人はそれを望んでいないようでした。
「私見を述べさせていただくと……魔神殿の力は強力すぎます。何もかも可能となると我々のような俗人の手には余ります」
「ふむぅ……」
「我々は法という鎖がないと、何をしでかすかわからない獣なのです。魔神殿の力には感謝していますが、個人的には現状で満足しています」
いま以上の力は望まない。
刑事はそう言った後、捜査を続けるために帰っていきました。
店主はその背中を残念そうに見送った後、少し胸を張って自称用心棒について誇り始めました。フセウインのような国家と「真っ当な取引」をしている事について誇り始めました。
「如何ですか? 私も無秩序に色んなものをバラ撒いているわけではないのです。あのように社会貢献もしているのですよ」
「なるほどね」
用心棒は「少し見直したよ」と言いました。
その後、自分の記憶を掘り起こし始めました。
「……1週間ぐらい前に、フセウインの男が寿命を買いに来てなかったか? 顔は隠していたが、アレはあの国の上流階級の奴だっただろ」
「はて? そうでしたか?」
「フセウインは寿命の取引も禁じられているんじゃないのか?」
店主はしれっとした様子で「御客様の個人情報に関してはお答えしかねます」と言い、誤魔化すように店の壺を磨き始めました。
用心棒はその様子を見つつ嘆息した後、冷蔵庫に入れてもらったシュークリームを食べるために椅子から立ち上がりました。
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