荷物持ちの英雄は大事なものを守らない
「レシアン! しっかりしろ、レシアンっ!!」
「…………」
エリタミノールの腕の中で、幼馴染みは全てを手放しつつありました。
才気溢れる幼馴染みも強大な魔物相手には歯が立ちませんでした。エリタミノールの加勢があったものの、彼女は深手を負ってしまいました。
エリタミノール自身も手傷を負いつつも、何とか幼馴染みを連れて逃げることには成功しました。
ただ、彼が逃げ込んだのは迷宮の中でした。冒険者稼業を続けてきた中で見つけた隠し部屋に逃げ込む事で、一時的に難を逃れただけでした。
幼馴染みのレシアンは未だ危険な状況にあり、隠し部屋の外はおびただしい数の魔物が地上に出て行く真っ最中。ここに隠れ続けていても、いつか見つかるかもしれない。そもそもレシアンは隠れ続けられる状態ではない。
「どうしたら――」
焦る冒険者の視線の先には、1枚の扉がありました。
彼はそれを開き、扉の先にいた質屋の店主に助けを求めました。
「レシアンが死にそうなんだ! 助けてくれ!!」
店主はエリタミノールの要請に応えました。
エリタミノールは持っていた貨幣全てと交換で、応急処置に必要なものを揃えました。それで幼馴染みを手当しました。
ただ、それだけでは根本的な解決にはなりませんでした。
「お前、何か知らないか? 迷宮から大量の魔物があふれてきたんだ……!」
店主は慇懃に応対しつつも、情報の対価を求めてきました。
エリタミノールは苛立ちつつも寿命の一部を差し出しました。
「御客様が遭遇したのは<源の魔神>という神が遣わした<
それが動き出した事で迷宮から魔物があふれかえり始めた。
魔物の群れはいずれ世界を覆い尽くし、文明を滅ぼす。そのために作られた兵器として、任務をこなしているのですよ――と質屋は説明しました。
「アレと戦うのは推奨できません。異世界に逃れる方がよろしいかと」
「異世界って、どうやって……」
「当店には異世界渡航に必要な
質屋はいつもの調子で「かなり大きな対価を用意していただく必要はありますが」と言いました。いつもの調子で取引を行おうとしました。
「逃げたところで、逃げた先の世界もいずれ彼の神が滅ぼしにくるかもしれませんけどね。異世界を渡り歩き、逃げ続けていれば生き残れるでしょう」
「オレ達の世界はどうなるんだ?」
「滅びます。アレは世界を滅ぼすための兵器ですから」
「オレ達の故郷は……?」
魔物の軍勢に踏みならされ、地図から消える。世界すら消える。
幼子だったエリタミノールとレシアンが冒険した近所の川も草原も、魔物の群れに踏みならされる。2人が肩を並べて歌った故郷の広場も炎に包まれる。
冒険者になると言って聞かないエリタミノールを諫め、彼の決意が堅いと知ると「勝手にしろ!」と怒鳴った両親も魔物に襲われる。
怒鳴りつつも、旅立つエリタミノールの鞄に餞別をそっとしのばせてくれた両親とも、もう会えなくなる。親孝行できないまま死別してしまう。
迷宮からあふれでる大量の魔物は全てを滅ぼす。この世界から人類の灯火を全て消すまで世界を獣臭と炎で包む。
「奴らに勝てる力をくれ!」
エリタミノールは逃げるのではなく、打ち勝つ力を望みました。
「レシアンと皆を守れる力をくれ!」
未だ大事に想っている全てを守る力を望みました。
「アレに勝てて、なおかつ皆様を守る。そんな都合の良いものがあると……?」
「うっ……」
「あるんですよねぇ、ここに」
質屋は楽しげに手を叩き、懐からそれを取り出しました。
手のひらに乗せたそれを指さしつつ、「これはとある魔神が作った試作型神器・カッサンドラと言います」と紹介しました。
「御客様の世界の軍勢は展開を始めたばかりなので、これを上手く使えば勝てるかもしれません。『絶対に勝てる』とは保証できませんが――」
「それをくれ! オレの寿命を全部くれてやっていい!!」
「それは難しいですね」
「なんだと?」
「御客様の寿命では足りません。そもそも、もうそこまで残ってませんから」
店主は手をすり合わせて申し訳なさそうにしつつ、そう言いました。
次の瞬間には明るい声色で、「ご安心ください」と言葉を続けました。
「御客様のモノの中で、一番価値あるものをください。全て」
それを質草に入れてくれるなら、この武器をお貸ししましょう。
しかし、直ぐに「くれてやる」と言いました。
新たな武器を手に入れた男は、世界の危機に立ち向かいました。
誰も敵わない軍勢を前に一歩も退かず、最後まで戦い続けました。
その甲斐あって、彼は何とか故郷を守る事が出来ました。
守りたいと思った全ての人を守る事が出来ました。
「エリタにいさん……!」
幼馴染みのレシアンも守り抜く事が出来ました。
傷が癒えきっていないレシアンは、故郷を背に立ち尽くしている男に駆け寄りながら呼びかけました。傷を押さえつつ、必死に歩いて男に近づいていきました。
ボロボロの状態で今にも倒れそうな男に向かって――。
「…………? だれだ、きみは」
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