オレの青春冒険者ライフはままならないようです



「店の品の価値は私が決めますが、質草の価値は御客様の認知こころが決めます」


 質屋の店主は店の客人に対して最初に行う説明を口にしました。


 常連のエリタミノールもその説明は聞かされていましたが、店主の言葉を改めて聞く事にしました。


「つまり御客様の心の持ちよう次第で、路傍の石も黄金に化けます」


「お前はそれで商売になるのか?」


「実際、損をしますね。しかし、私自身システムに定められた決まりなので仕方ありません。営業努力で何とかしてみせますとも」


 店主は揉み手をしつつ、「御客様エリタミノールは戦利品の価値を低く見てしまっていますが、高く考えているものもあります」と言いました。


「たとえば寿命。多くの御客様が寿命いのちを大事にしています。貴方様も寿命を自分の持つものの中で2番目に大事に考えています」


「2番目? 命に関わるものなら1番目だろ」


 エリタミノールは訝しがりつつも店主の言葉に納得していました。


 寿命は確かに大事。質草の価値を決めるのが客自身なら、自分にとっても寿命は大きな価値を持つものだと思いました。


 だから、寿命を差し出せば大きな力を手に入れられるかもしれませんが――。


「生きていくために冒険者稼業をやっているのに、その命を差し出すのは……」


「御客様の願いは、ただ生きることなのですか? 成功者になる事なのでは?」


「…………」


「寿命を質草にすることには抵抗がありますよね? 理解できます。抵抗があるからこそ、それは価値あるものになるのです」


「価値があるって事は――」


「より良い品物サービスを提供できる、という事です。リスクはあっても大きなリターンがあるという事なのですよ、御客様」


 店主は受付台の後ろに回り、「質草にするか否かは御客様次第です」「私は強制などいたしません」と言いました。


 エリタミノールは、しばし考え込んだ後――。


「……寿命の一部だけ売る事も可能か?」


「もちろんでございます。1秒単位での分割預かり可能です」


「質草だから、取り戻せるんだよな?」


 エリタミノールがそう聞くと、店主は「もちろんでございます」と言いました。


「あくまで質草ですからね。流質期限までにこちらが定めた価値相応のモノを用意していただければ、お預かりした寿命を返却いたします」


「そっちの手に渡ったら、価値を決めるのはそっちか……」


「仮に流質期限を過ぎたとしても、別の誰かの寿命での補填も可能ですよ」


「そいつは良い商売になりそうだな」


 エリタミノールは皮肉をこめてそう言いましたが、店主は嬉しそうに「実際、寿命は主力商品ですね」と返してきました。


「命は大事。寿命は大事。理解できます。しかし、大事だからこそ価値がある。何かを手に入れるためには何かとバイバイする必要もあると思いませんか?」


「……本当に、対価を用意したら寿命を返してくれるんだな?」


「私が御客様に嘘をつくことはありません」


 事業を興すために銀行から資金を借りるように、寿命を担保に力を借りるだけ。事業じんせいを成功に導けば寿命おかねなど、どうとでもなる。


「寿命は多くの人間に与えられた財産ギフトなのです。誰もが最初に与えられる財産チャンスなのです。それを活かせば、大きく飛躍する事も可能でしょう」


「…………」


「失敗した御客様も大勢いたからこそ、寿命の『在庫』があるのですけどね」


「オレは失敗しない」


 エリタミノールは店主に対し、手を差し伸べました。


「これは未来の前借りだ。前借りで強くなって、勝ちを拾えばいいだけだ!」


 彼は微かに震えつつ、前進を選びました。


 恐れ震えるからこそ、彼の寿命かちは高まりました。



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