開戦
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妖怪。それは暁星の国すべてに蔓延る人に害を為す異形のモノである。人間に狙いを定め、固有の権能を用いてなぶり殺したり、操り支配する、悪意の塊のようなモノ。それを討伐する組織に特に名はなく、単に組織と呼ばれることが多い。
雪見は武縁総合学舎内部のエントランスにいた。ここ、武縁総合学舎は一階から十二階まであり、十階より上が教室エリア、それより下の一階、五階、七階以外の階は修練エリアに分かれている。修練エリアとは、『組織』の構成員を育成するためのエリアである。学校機関には必ず設備があり、そこで妖怪討伐への必須技能を養う。着いてすぐに周囲を見渡し、とりあえず修練エリアへ向かおうとしたのだが、修練エリアは学生証を持つ者以外入れない仕様だったので断念した。
__帰ろうかしら。
据え置きのベンチから腰を上げ、いざ帰ろうとした時、ふと二階のエリアの一つに目が行った。
先程学舎内の職員から聞いたのだが、修練エリアは基本、使い終わったらエリア内に蔓延る妖怪が外に出ないよう、必ず扉を閉めるらしい。
雪見の目には、その扉が、少し開いているように見えた。
__関係ないし、別に放っておいてもいいわよね。
出口のドアに触れ、出て行こうとしたが。
「……開かない?」
ドアが開かなかった。直後、けたたましいくらいの轟音が、エントランスに響いた。
「緊急連絡、緊急連絡!至急、一階にいる方はシェルターへ避難してください!二階、もしくはそれより上層階の方は屋上へ!繰り返します!」
警報音とともに避難勧告が出され、周囲の人々が一斉に駆け出す。雪見は人の波に揉まれながら、二階を注視した。先程見ていたエリアの扉が、さっきよりも大きく開いている。
__まずい。
雪見の背筋に嫌な汗が流れた。
人波をかき分け、シェルターとは反対方向、二階へと進む。
一方、パニックに陥った人々はシェルターへの道筋で揉めていた。
「私たちを先に入れなさいよ!子供がいるのよ!?」
「男なら守ってよ!」
「誰か!誰かいないの!?何があったの!」
「落ち着いてください!大丈夫ですから!」
まさに阿鼻叫喚。そもそもなにが起こっているのかも把握出来ていないのに、落ち着けと言うほうがどうかしているのだが。
学舎の職員は慌てていた。こんなのは初めてだった。分からない。専門でもないのに、どうやって人々を守るのか。
人々の内の、誰かが声を張った。
「ちょっとお嬢さん!早くシェルターにおいで!そっちは危ないよ!」
声を掛けられたのは、雪見だった。
現在、雪見は二階へ向かおうとしている。エレベーターはおそらく使えないだろうから、仕方なく階段を使うことにして、一段目に足を掛けたところだった。
__危ないなんて、とっくに分かってる。
何段か飛ばして二階へ到達すると、そこは地獄絵図であった。
「や、やめなさいよ!わたしの取り巻きに手を出したら許さないわ!」
ひとりの少女が立って、銃を構えている。対峙しているのは巨大な蜘蛛だった。蜘蛛の周囲には数人の少女が倒れており、皆等しく気を失い、生気のない様子だった。よくよく見れば立っている少女の方もあちこちに切り傷をつくっている。
目を見開いて蜘蛛を凝視する少女の背後に、何かがキラリと光ったのが見えた。
雪見は瞬時に駆け出した。割れたガラス片を手に取り、少女の背後を狙う何かを断ち斬った。断ち斬ったものは糸だった。気付いた少女が振り向く。
「ちょ、ちょっと!アナタ危ないじゃない!学舎の子じゃないでしょ!?さっさとシェルター…」
「右!跳べ!」
雪見に避難を促す声を遮って、命令形で告げる。それを素直に受け取った少女が右に跳ぶのが見え、雪見は同時に上に跳ねた。直後、地面をえぐり取るような一閃が、雪見達の元いた位置に直撃した。
「…!」
避けたことに感づいた蜘蛛が、ぎょろりとこちらを見る。
「なぁに蜘蛛さん。殺されたい?」
雪見は蜘蛛を煽る。正直言って、この蜘蛛は今の雪見には容易く殺せるほどの強さだった。今この瞬間も、彼女が手を一振りすれば一息に命を終わらせられる。それをしないのは、ひとえに人質がいるからだ。周辺に倒れる少女がいる限り、攻撃が誤って命中するリスクがある。
蜘蛛もそれを理解しているから、余計に少女達と距離を詰めた。
雪見は地面に降り立つ。蜘蛛を真正面から見据え、いつでも殺せるように後ろ手で氷剣を作り出す。鋭く尖り、即座に急所を潰せる剣。
蜘蛛が、微かに身じろぎした。
雪見も、防御しようと動いた。
「きゃあっ!」
銃を構え、先程雪見の指示に従った少女が、悲鳴を上げ倒れていた。
雪見は咄嗟に少女を見た。服の一部が焼け、露出していた肌が爛れている。
__火傷?
雪見が気をとられている内に、蜘蛛は攻撃を開始していた。幾重にも束ねられた糸が雪見を狙う。
初撃の糸を先の氷剣で斬ろうとするが、想像以上の硬さと氷が溶け始めたので断念し、回避に移った。
********************
女は、
眼前には生気を失った男性がいた。
「うふ。うふふふふふふふふふふふふふふふ。うひゅ、ふふふふ」
気色の悪い笑みを続ける女はふと、男性に目を向けた。男性は、女を見て、憤怒に染まった表情を見せた。
「ありがとうね。わたしを出してくれて。助かったわ。あの人はきっとわたしを待ってるだろうから、早く行かなきゃ。そうだ!あなたも来る?あの人とってもいい人だから、気に入ると思うの。どうせアナタももう居場所はないのだし、どうかしら?わたし、とってもいい提案してると思うの!」
「……るな」
「ええ?なんて言ったの?」
女の前で憤怒の表情を見せる男はひときわ強い憤怒を顔に貼り付けて、こう告げた。
「ふざけるな!おまえ、おまえは!俺の妻の身体を奪い、俺達を騙した!到底、許されることではない!」
「……あっそ。ザンネンね」
強い怒りの感情を向けられた女は特別意に介した様子もなく返し、くるりと男に背を向けた。
「アナタ、妻を殺されて怒ってるのよね?なら」
女は再び男の方を向いた。
「わたしは大丈夫よ。生きてるの。だからねアナタ……死んで?」
「……!あ、あああああああああああああああああああああ!あ、あ、あが、」
女は、男の亡くなった妻の顔をしていた。それを喜んでしまった男は、突如、事切れた。
男の身体から細い糸が抜けた。
「はーあ。もう、あの人のこと嫌いのなのかしら、こいつ。じゃあ死んでいいもんね。まってて、すぐ戻るから」
これは、雪見と少女が蜘蛛との戦闘中に起きたことである。
「あ!あの子、大丈夫かな。あの人から借りて、こんな風にするから怒られるかも……?うー、やだやだ!それはイヤ!でも助けてたら遅れちゃう……どうしよう」
悪意が、目覚めようとしていた。
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