第9話◇綺麗な声だったから
次の日も、私は森に来ている。
ちょうど山小屋が見える位置のモミの木の木陰に座って、お弁当として持ってきていた丸い小さなパンを一個かじって。
そうして腹ごしらえをし終わった私は、さっそく魔法の練習に励んでいた。
山小屋から離れたところで特訓しているのは、「一応、一族の直系の娘だし、もし魔力過多による暴走が起こった場合に破損したら困るわ」などと、少々心配したからだ。
「我、イリス・フロレンティナ・ストレリチアがこの血をもって命じる。汝、その力をもって我が召喚に応えよ……」
本に書いてあった通りに唱える。
その両手を前に差し出すようにして、私は魔法を生み出そうと何とか頑張る。
けれどもう十分以上繰り返してみているのに、魔力暴走どころか、それらしいことは何ひとつ起こらなかった。
うんともすんとも、とはこういうことをいうのだろう。
「っ、ダメだわ……」
本にはこうするって書いてあったのに。
正直、落ち込んでしまう。
本当に、学んでもできない落ちこぼれなのかもしれない、と思って怖くなる。
その恐怖を無理やり振り切るように目を閉じて、私はひとつ深呼吸をした。
……落ち着いて、私。
まずはあの本に書いてあったことをしっかり思い起こしてみよう。
昨夜また少し「精霊魔法大辞典」を読み進めたわけだけども。
要するに精霊魔法の極みとは、四元素全ての魔法を司ることで、精霊女王・ストレリチアこそがまさにその頂点。
四元素とは、火・土・風・水の四種類。
そしてその元素それぞれに対応した魔法属性が存在する。
魔法はこの基本属性四種と、創世の女神由来で王族のみに受け継がれる光・その反作用の闇の二種、計六種類の属性で構成されている。
この世に何らかの魔法を使用可能な者はそこそこの数いるけれど、どれほどの巨大魔力持ちであっても一元素のみしか使えないのが普通だそうだ。
ただし、精霊女王・ストレリチアの直系の子孫である精霊族だけが唯一、高濃度の魔力に対応できる血を体に宿している。
だからこそ、血が濃い者はより四元素全ての魔法を同時に使える可能性が極めて高いとされている。
そのため、ずっと昔に「疑似ストレリチア」を生み出そうとして血が薄まった末端の者の魔力回路を無理やり移植したり、マナを取り込む機能をみだりに増強させたり、なんていう無茶な研究が行われたこともあったそうだけれど、大抵の実験が被検体の魔力暴走という形で終焉を迎えた……らしい。
たまに精霊族の血が入った高位貴族でも突然変異的に二属性の複合型の子が生まれることがあるようだけど、これも魔力暴走を起こしがちで、成長して体力がついて安定するまでに年月を要することが多いという。
精霊族の血が薄い夫婦の妻にもし三属性以上の子供が宿った場合は、母子もろともに命の危険が生じる可能性が極めて高いそうだ。
「だからこそ、精霊族・ストレリチアの本家筋の血の希少性は高く、四属性全てを操る者こそ、正統なストレリチアの後継者であるといえる――」
外に持ち出せないのだからと、昨晩記憶するまで読み込んだこの一文。
これを、私は声に出して口走ってみる。
ああいうとても立派な装丁の本によって「自分の身体に流れている血こそがそういうものなのだ」と公式に思い知らされたと思うと、何だか不思議な気分だわ。
お父様もお母様ももういないけれど、私は確かにその血を受け継いでいる。
なら、できないはずはないんだ……!!
めげそうな気持ちを自力で叱咤激励して、何とか盛り立てようとして。
私はふと考えた。
そういえば。
お父様とお母様は、どんなふうに魔法を使っていたっけ?
子供の頃、私につきっきりで初級レベルのことを教えて下さったお母様は、精霊魔法について何をどのように言っていたかしら……?
私はお母様との思い出を掘り起こしてみる。
そして、そういえばと、ある手遊び歌を思い出していた。
確かこんな感じだったような……。
「雀がお城に行くのなら 草の器にプレゼント
四つの小箱を送りましょう
白き息吹も 泉の水も 消えぬ炎も 満ちた地も
全ての祝福あるでしょう……」
そうそう、こういう歌詞だったはず……。
小さく口走りながら、音程の方もゆっくりと思い出していく。
そうやってたどたどしく歌っていると、突然、ガサリと枯れ葉を踏みしめる音が響いた。
バッと勢い良く音の方に振り向くと、そこには見知らぬ男の子がいた。
私より少し年上くらいの。
彼もびっくりした顔でこっちを見つめている。
「ええと……こんにちは。たまたま森にいたら誰かの歌が聞こえてきたんだ。それがとても綺麗な声だったから、つい気になって……。でも、少し驚かせてしまったみたいだね」
ためらいがちに話しかけてきたのは、きっと私があまりに勢いよく彼の方に振り向いたから。
こちらこそ驚かせてしまったのかもしれない。
「森で知らない人に遭遇したら追われて殺されるかも」という恐怖心が染みついていて背後から近づかれるとつい警戒してしまうのだけれど、私のそんな事情をこの人は全く知らない。
とても戸惑っている表情だ。
「い……いえ、そんな。こちらこそ、急に歌ったりして、ごめんなさい」
詫びられた分、私も頭を下げる。
変に警戒してしまって悪かったかしら。
けれど、気は抜けないわ。
こうして親しみやすい口調で話しかけておいてナイフでブスリ――なんてことも、あるかもしれないもの。
「歌、褒めてくれてありがとう。でも、私、知らない人とは話したらダメ、ってお父様とお母様に言われているの。だから、ごめんなさい。もう話しかけないで」
申し訳ないけれど、あまり関わらないようにしないと。
こう心に決めて、私はあえて突き放すような強い言い方をする。
両親にそう言い含められたのは、もう十年近く前の幼児のことだけども、きっと今でも有効だと思う。
だって。
この人は私を殺したあの入れ墨の人ではなさそうだけど、仲間なのかもしれないじゃない。
たとえそうじゃなくても叔父様の手下の人かもしれないし、もし本当にいい人だったとしても、前回のアルムのように危ない状況に巻き込んでしまうかもしれないのだから……。
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