第8話◇女神加護の認定【アルウィン視点】
そうして、少し離れた場所で一人、集中して作業中だったエルフの女子に話しかける。
彼女の手元、四角いバスケット状の鞄それ自体が魔道具になっていて、中には計器がついた機械が収められていた。
それは「魔法を使った時に生じる魔力や周辺に漂うマナの増減の変化」を見るためのものだ。
「ねぇ。さっきの、山小屋が出現したり消えたりしたあの瞬間、魔力の反応はあった?」
確認の問いに、彼女は計器から目を離さないまま、静かにその首を横に振った。
「全くない。もし彼女自身が何らかの魔法を使ったのであれば、瞬間的にその人自身の内臓魔力が増減したり、大きく周辺のマナが揺らいで計器にその反応が出たはずなんだ。ということは、やっぱりイリス嬢自身はまだ魔法を使えない。報告通りだね」
会話しながらも彼女はときおりノートに何やら数値を書き込んでおり、続けて計算式も書き加えて分析している様子だった。
が、その内容はあまりにも魔法学としては専門的で理解できない。
なので、彼はイリスに関することのみを集中的に訊いた。
「女神の加護ではない可能性」を潰しておくために。
「じゃあ、どうしてあの山小屋は現れたり消えたりしたのだと思う?たとえ魔法でなかったとしても、彼女自身が何かしたとは考えられない?設定済みの魔法陣を起動させたとか」
本人が魔法を使わなくても、例えば「全くの他人によって事前に仕込まれていた魔法陣に、彼女が作用することで魔法が作動した」ということもあり得るのでは。
「うーん。確かに魔法的な挙動だったけどね。違ったよ。魔法陣の反応もなかった。それに現在確認されている火・土・風・水・光・闇、どの属性ごとの反応パターンも計器に現れなかった。属性の反応が出ない魔法なんて、あり得ないよ」
息を吐き、そこで彼女はようやく顔を上げた。
エルフ特有の少し大きめの右耳の中ほど、銀製の木の葉と揺れる赤い宝石でりんごを模したイヤーカフがキラリと光って揺れる。
「そもそも山小屋が現れたのは彼女が屋敷から歩いてきて森の入り口にやってきたその瞬間だったじゃない?なのに、そっちには全く目もくれずに長いことうろついて、何度も転移されて戻されもしてさ。もし山小屋自体が目的でやってきていたのなら、最初から直行して中に入っていたはずだよ?」
「じゃあイリス嬢としては、山小屋ははなからどうでもよくて『森の魔法』に引っかかり続けること自体が目的だったってことになる?」
確かにその通り、イリスは帰る直前までほとんど山小屋に関心を向けてはいなかった。
そして森の外に転移されて歩いて戻り、また転移されて戻り、と数えきれないほど何度もその行為を繰り返していた。
ずっと歩き通しでひどく疲れる行為だったろうに。
それははたから見ると異常なほどだった。
「最後の方は引っかからなくなってた、ということは、転移が及ぶ範囲を調べていたのかもね」
「何のためにだと思う?」
「……さぁ?」
しかし、イリス本人の事情が分からないふたりはその首を傾げるしかなかった。
これはおそらく本人に直接聞かない限り、どうにもならない疑問なのだろう。
なので、ふたりは揃ってこの件について考えることを諦める。
「最初から『宵闇の森の魔法』の中に二種類、転移だけでなく山小屋関連の魔法も組み込まれていたって可能性は?」
次にふたりが検討することにしたのはこちらだったが、これにもエルフ女子は首を振る。
「いや。転移の時にしかマナの数値は全く変わっていなかったね。半永久的かつ全自動で、一定条件を満たすと繰り返し転移のみを発現するタイプの単機能の魔法だ。それに二種類の魔法であればその分マナの消費量が増えるはずだよ。今回もきっちり転移分のみ、魔法局ができて宵闇の森での計測を開始した頃から全く変わらずの変動値だった」
この辺りで、もはや彼らは「ある可能性」を考えざるを得なくなった。
そう、本当に「創世の女神様の加護」がイリスに与えられている可能性が高い、という事実。
「……私自身が女神様ご本人からお聞きした通り、か」
つまり、彼は自身の死に戻りの時、女神に「イリスにも加護を授けた」と聞かされたのだ。
そのため、国としてはその事実を早急に確かめる必要が生じていた。
この世界において「創世の女神の加護持ち」というのはめったに現れる存在ではなく、創世以来の長い歴史の中でも数人のみしか確認されていない。
ゆえに、「あらゆる国家は、その事実を確認した上で速やかに教会本部に知らせなければならない」という、国際的な条約がある。
彼自身は美しい剣を得た。
それはかつてアストラル王国の初代の王・英雄王アストルに女神が手ずから与えたという伝説の剣、上手く力を引き出せればそれとほぼ同程度の機能を持つものだと、かの女神自身が言い切ったほどの逸品だ。
彼の加護はこの伝説級の剣の存在をもって王たちに承認された。
「今度こそ、この剣であなたの運命を切り開きなさい。正しき道を選べるように」
女神は剣を授けて、確かに彼にそう語ったのである。
調査に当たり、彼らはまず「イリスの方は何か、この剣のような物品を受け取っているのだろうか?」ということを知ろうとしたのだが、見た目ですぐさま分かるような装身具は身に付けていないようだった。
魔道具を持ち込んでまで、それを証明するしかなかった。今回、その調査のためにこそ彼らは南ストレリチアに訪れたのだ。
彼自身は面と向かって言われた女神様の言葉を疑うことはないのだが、それを又聞きした程度で丸呑みする父王と宰相ではなかったため、説き伏せた結果、自ら乗り込んだ上で「特別な魔法官を派遣した上での認定」をするしか策がなかった。
現状では、まだ「確定」とまではいかないが……。
「マナや魔力に全く影響を出さずに魔法を使う方法は?」
「今のところ、発見されてないねぇ。そもそも魔法を使えば魔法痕が必ず残るものだからね。全く痕跡を残さない、なんてことが可能なのは、かの女神様くらいだろうな」
エルフ女子は心底興味深そうにニヤリと笑っている。
「いやはや、こんな珍しいタイミングで『もしかしたら奇跡かもしれない事象』に遭遇できるとは、私も驚いたよ。もしこれが真に女神の御業だとしたら、国家機密過ぎてどこにも発表できないのが研究者としてはかなり残念だけどね!」
まだ断定するまでには至らないものの、彼女ほどに魔法への造詣が深い者がここまで言うのなら、極めて可能性が高いだろう。
「……やはり、加護持ちの可能性が高いか。このまま経過観察を続けるしかないようだね」
そして、もしそうであるのなら、イリスも女神様と会話した可能性がある。
たとえ彼女があの惨状を覚えているとしても、こちらとしては、あえて強く思い出させて苦しめるようなことは決してしたくはないのだが……。
しかし怯えさせるとしても、離れて見守るよりは、ちゃんと接触して隣で直接守った方がより安全に違いない。
これはそのためにこそ私に授けられた剣でもあるのだろうし……。
などと、彼はひとりごち、再び腰の剣の柄の部分を、女神様の加護をさらに乞うかのように、すっと撫でた。
その指先に伝わってきている凹凸の感触は深く彫り込まれた小さな簡易のモチーフで、それは「創世の女神」を示すものである。
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