第4話◇精霊魔法を独学で学びたいのです

 私のお父様は当主にふさわしく、強大な精霊魔法を行使できる偉大な方だったそうだ。

 お母様についても、強くて美しくて素晴らしい方だったと聞いたことがある。

 段々と薄れて消えかけてはいるものの、幼い頃の一目置かれた扱いを受ける両親の記憶はまだ確かに私の中に残っている。


 それなのに。

 娘の私はいまだ全く精霊との契約が果たせておらず、精霊魔法を使うこともできていない。

 おかげで叔父様たち以外の親戚や使用人たちからも軽視されているようだと感じる。

 偉大な両親の血を引いているからこそ、彼らの内心での期待値も高かったのかもしれない。


 たとえつらく当たられようとも、仕方ない。

 これは私の力が足りないせい……。


 でも。

 確かにそうは理解していても、とても悔しかった。


 叔父様にとっての私は心底どうでもいい存在だと理解しているけれど、それでも、もし私が精霊との契約を果たせていたなら、今よりはましな対応をされていただろうか。


 パンはこんがりと焼かれていたはずがいつの間にか冷え切っていて、私の舌の上にはただボソボソとしているように思えた。


 せっかくの女神様のお恵みだというのに。

 もっと美味しく頂きたかったわ……。


 全く楽しくない食事と用事を言いつけられるだけの時間が終了して、足取り重く食堂を出ることになった。

 今日の予定は叔父様から渡された複数の書類を仕上げながら、叔母様主催のお茶会に用意する焼き菓子の手配と、つい先ほどドレスのおねだりが成功したアネモネのために仕立て屋への連絡をこなす、そう決まったようだ。


 このままこの人たちにみすみす振り回され続けるだけの状況では、やっていけない……。


 私は強く意識する。


 女神様が仰った通りに、「以前とは違う道」を探さなければならない。

 死にたくない。

 どうしたら生き延びられるの。

 何とかして状況を変えられないかしら……。


 言いつけられた仕事をこなしながらも、「どうしたら」とずっと頭の中で考え続ける。

 その結果思いついたのは、やっぱり「確実で堅実だけど一番それが難しい」、そんな方法だった。


「せめて精霊との契約がちゃんとできたらいいのに……」


 誰もいない作業部屋、村役場から叔父様宛に送られた書類をまとめながらぽつりと呟いて、私は自分の手のひらを空中にかざしてみる。


 もし少しでも精霊魔法が使えたなら、一族として認められて教育の機会くらいは得られるかもしれない。


 そうよ――どんな形でもいい、とにかく精霊と契約できれば。

 少しでも力を得られて、運命も変えられるかもしれない。


 そもそも精霊との契約が全くできていないことで叔父様たちから落ちこぼれ扱いを受けているのだから。

 まずはその現状を変えない限り、私に明るい未来はなさそうだもの。


 それに。

 ここ最近書類書きのお勉強のために新聞を読むことが増えて知ったのだけれども、ここアストラル王国には「魔法の素養がある者は魔法の種類に関わらず、全員が王都の魔法科がある教育機関で義務教育を受けなければならない」という法律があるらしい。

 以前に魔法に関わる深刻な事故や事件が起こったことがあるそうで、この国では管理登録がない者の魔法の使用は認められていないからだ。


 全国各地に散らばる魔法局の役人たちによって、国中の魔力反応は漏れなくチェックされて記録されている。

 素養ありと認定されると書面や対面での本人や家族への通達が行われて、「強制的に魔法に関する義務教育を受けさせられる」――。


 そう、「漏れなく・強制的に」だ。


 つまり、それなら「たとえ微力であっても、素養があると通告されれば学校に通える」ということだ。

 叔父様がどんなに目障りな私の存在をアネモネの影に隠そうとしても、魔力さえ示せれば勝ち。

 入学は十五歳から許されるため、二月の誕生日が来たら十五歳になる私も一応その時点で入学できることになる。


 学園には寮があるという。

 うまく潜り込めれば、三年間は一族の人からの冷淡な視線など、まるで針のむしろに座るような今の状況から逃れられる。

 きっと同じ年のアネモネも一緒に通うことになるけれど、領地から全く出られないままただ殺されるよりはずっといいと思う。

 何とか卒業までに稼いで自立できるようにして――


 ……とまぁ、そこまでは考えついたのだけれど。


「でも、その精霊に会うにはどうしたらいいの……」


 いざ精霊と出会いたい、精霊魔法についても改めて学びたいと思っても、なかなか難しい状況だということを思い知らされたのだった。


 まず、勉強のための時間が限られている。

 今やらされている通り、叔父様に言いつけられて領地運営の事務仕事を手伝わされたり、叔母様とアネモネに言いつけられて小間使いのような作業をしたり、日中はあまり自由に動けない。


「睡眠時間を削るしかないわね……」


 そして次に、単純に教えてくれる人がいない。

 ストレリチアの一族では通常、精霊魔法の基礎は家族や一族の大人の者が子供たちに教えるしきたりになっている。

 両親がいた頃は教えてもらえていたけれど、私が幼かったこともあって初級程度のことしか聞いていない。


 どう知識を得るか、これが一番難しいことかも……。


 現状、叔父様は私に中級以上の魔法教育を受けさせる気はないみたい。

 もし私がモルヒ叔父様よりも強い精霊と契約できた場合は権力を奪われる可能性があるため、とっても困るのだろう。


 それと、現状は娘のアネモネが一族の女子の中で一番精霊魔法を使いこなせている立場――当代の「精霊姫」のため、何だかんだ、少しは娘かわいさもあるに違いない。単に利用価値がある、と思っているだけかもしれないけれども。


「他の人に聞く……いいえ、ダメだわ」


 迷惑をかけてしまう……。


 叔父様は親切心で私に何か教えようとした一族の人、両親との繋がりが強かった侍女や侍従たちをも、追放したり脅したりして少しずつ私から遠ざけてしまった。

 今ではみんながクビや冷遇を恐れているようで誰も私に積極的に関わろうとはしてくれないし、関わる時も恐る恐るの対応をされている。


 それに精霊魔法について書かれた本なども、許可がない限り読ませてもらえない。

 魔法関連だけは強く制限されている。


 帳簿の書き方や書類の書き方の本あたりは、自分が楽をするためか、貸し与えて下さるんだけどね……叔父様。


 そもそも本というもの自体がとても高価ということで、ストレリチアの屋敷の外では入手するどころか見ることも難しい。

 街の教会にも本はあると聞くけれど、魔法書でなくて女神様の教えが書かれた聖書が中心のようだ。

 当然、そちらも貸し出しは制限されてかっちり管理されているらしい。


 ① 何とかして、教えてくれる教師を確保する。

 ② 何とかして、魔法についての本を入手して独学する。

 ③ 何とかして、力を貸してくれる精霊に巡り合う。


 これらのうち、どれか一つでも成し遂げないと、私の精霊魔法の成長はないらしかった。


「困ったわ……」


 それは永遠に叶えられないものと思っていた。

 実際、一度目の人生では何も得られず、結果、私は身を守ることさえできずに死んでしまった。


 ……けれど。

 どうやら二周目の今回は、少し状況が違っているみたい。


 これもきっと、女神様のお導きなのだと思う。

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