対空戦闘〜空の要塞
マリアナ諸島に展開していた第20空軍の第21爆撃集団の配下のB29は計1000機にも及び、そのうち300機づつが交代交代で日本への空襲を行っていた。
今回ヤマトの迎撃のために緊急出撃したのは第313、第6爆撃団であり、計270機ものB29が出撃した。
しかしそもそもAP爆弾の数が限られていた上、もともと日本空襲用に用意していた機体を緊急発進させたので多くは焼夷弾しか搭載しておらず、中にはGP爆弾と呼ばれる、爆発の爆風によって家屋や地上部隊を吹き飛ばすための対艦用には適していない爆弾を積んでいるものもあった。
「第15爆撃群、爆撃を開始します!」
第313爆撃団の指揮官機、≪スナグル・バニー≫のコックピットにて、司令官のジョン・R・デーヴィス准将は副操縦士の報告を受けて、眼下に見えるB29のまとまりに目をやった。
45機のB29から構成される第15爆撃群がヤマトへの爆撃を開始したのだ。
高度は8000m、45機から投下されるAP爆弾は540発あまり。
対空砲火は無いに等しいぐらい弱弱しく、第15梯団は何の妨害も受けないままヤマトの艦隊の上空を通過した。
そしてヤマトの周りに水柱が立ち始める。
爆発は3回起こった。
2発はヤマトに、1発は護衛の駆逐艦に命中したようだ。
ヤマトは特に速度を落とすことなく進撃していたが、駆逐艦の方は速度を落とし、艦隊から落伍していた。
「8千メートルだとこんなものか...やはり高度を下げる必要があるみたいだな」
デーヴィスはしばしその光景を見ると、それぞれの爆撃群の指揮官に高度を3000にまで下げるよう命じた。
それを受けて50機のB29から成る第22爆撃群は3000mからの爆撃を試みる。
そこで、運が悪かったのだろう、一機のB29が翼から火を噴くと高度を落とし始めた。
そのまま海面に激突した、高度が低かったからかパラシュートは見えなかった、助からないだろう。
「第122爆撃群、爆撃開始!」
第122群のB29は焼夷弾やGP爆弾を搭載しているのが大半だから様々な形状の爆弾が風に揺られながら落ちていく。
「さっさと沈めなければな」
デーヴィスはあの
原子爆弾投下任務のために編成された第509混成部隊に部下や知り合いが何人かいたし、訓練に関わったことがあるからだ。
だからこそ、デーヴィスは、彼らの任務の遂行のためにも、ヤマトはここで止めなければならないと思う。
「海軍の野郎がさっさと知らせていれば、こんなことにはならなかったのだろうに...」
ヤマトの甲板上で閃光が発せられ、爆炎が立ち昇る。
少なくとも4、5発は命中したようだ、ヤマトが耐え切れなくなるときも近いだろう。
デーヴィスは気付かなかった。そのヤマトの爆煙の影で2基の巨大な砲塔が旋回していたことに。
その時だった、突如として上空を飛んでいたB29が一瞬で火だるまになり、真っ逆さまに落ちていったのだ。
「デーヴィス司令、大丈夫ですか!?」
レシーバーからの悲鳴はデーヴィスには届かなかった。
既に彼の乗機である≪スナグル・バニー≫は三式弾の子爆弾に貫かれており、デーヴィスはその衝撃の影響で胴体と頭が繋がった状態ではなかったからだ。
※ ※ ※
「前部甲板に被弾2、火災鎮火!」
有賀は被弾の衝撃で倒れた参謀に手を貸していた。
前部甲板の破孔が酷く捲れ上がっている。
対空戦闘の為に機銃手は甲板で機銃を使っていた、死傷者は相当な数になるだろう。
「サイパンまではあと何海里だ?」
「
射程圏内まであと少しだ、だがこのペースで攻撃をされると数十分ももつか怪しい。
そこで、上空のB29の中に、1機だけ他の編隊から離れている機体を見つけた。
状況からして指揮官機だろうか。
最後の方策を使うしかなさそうだった。
「砲術、第1、第2砲塔に特三式弾を装填せよ。あのB29を狙え」
「は」
高橋が大和に授けた最後の兵器、特三式弾。
普通の三式弾はある種の対空クラスター砲弾なのだが、特三式弾はだいぶ違っていた。
なんでも、詳しい原理は分からないが電波を発して、反射してきたのを察知し爆発する砲弾らしい。
それによって命中率と被害半径が大幅に向上する。
マリアナ沖で米軍が使っていた近接信管なるものを再現したものだそうだ。
本当はとっておきたかったが、その前に「大和」が沈んでしまっては元も子もない。
「装填完了」
前部砲術指揮所から伝声管伝いに装填完了が知らされる。
「一番、二番、撃てぇ!」
有賀は一刻たりとも無駄にせずに、直ぐに命令を下した。
2基の主砲は6門の砲身を咆哮させ、重量1300㎏の砲弾を780m/秒で撃ち出す。
照準は完璧だった。
数秒後には目標にしていたB29は空中で爆発を起こすと、バラバラになって海面に落ちていった。
特三式砲弾は上を飛んでいたB29数機もを巻き込んだようで、意図しなかったことだが、十数機のB29が一気に墜落した。
「残弾は大丈夫なんだろうな?」
艦橋でその光景を見守っていた伊藤は、有賀にそう問いかけた。
「はい、あと二一発残っています」
対馬で渡された特三式弾は二七発、つまり各砲に三発づつだけだった。
これは単純明快で、そもそも高橋は原爆搭載機を万が一離陸前に撃破できなかった場合に備えて特三式弾を「大和」に持たせたからだ。
だから有賀は今使うのは惜しかったのだが、指揮官機をやられたからか、B29はまともに攻撃もしてこない。
来るとしても数機単位で、中にはお互いに空中で衝突し、墜落するB29もいた。
そのぐらいなら「大和」に爆弾が命中することはないし、迎撃も可能だ。
そうこうしているうちにもサイパンは目前に迫っていた。
有賀が伊藤の方を向くと、伊藤は何も言わずに頷いた。
「弾種三式弾、装填急げ」
「装填完了、いつでも撃てます」
やっとここまで来たのだ。
多くの犠牲を払った。
出撃時10隻だった第一遊撃部隊は6隻に数を減らし、残る艦も全てが痛々しい戦闘の傷跡を残している。
第一遊撃部隊の為に第二艦隊や無数の特攻機がその命に変えて道を切り開いた。
だが、原爆の阻止さえできれば、何十万の人々を救うことができれば、その損害は軽いものだ。
「目標サイパン。撃て」
「大和」は大きく転舵すると横腹をサイパンに向け、3基の主砲塔を旋回させた。
そして、この日数十回目の斉射を行う。
有賀にとっては当たり前のことであるはずなのに、その振動はひどく感慨深く感じた。
九発の四六センチ砲弾は弧を描いて飛翔すると、サイパン基地上空で炸裂した。
三式弾の小爆弾が花火をちらしたようにサイパン基地に降り注ぐ。
サイパンに凄まじい火花が立ち上り、島全体が粉塵に覆われた。
「やったか!」
「「うぉー!」」
「大和」全体が歓喜に沸いた。
皆肩を組んで喜び、中には帽子を艦橋からぶん投げる奴もいた。
ただ、伊藤だけはじっとサイパンの方を睨んでいた。
そして、ぽつりと呟く。
「いや、まだだ」
舞い上がる塵の合間から、銀色の無機物が周りの砂煙を掻きはらって出現した。
日本を火の海にしたB29は、都市を一つ消し去る悪魔の爆弾を抱えた、銀翼の魔女として、サイパンから飛び立った。
それは真っすぐに日本の方向に機首を向けていた。
有賀にはそれが悪夢のように見えた。もう、間に合わない。
作戦は失敗したんだ。
青ざめていた有賀を現実に引き戻したのは伊藤の声だった。
「まだ終わってないぞ、さっさとあれを撃ち落せ」
有賀はハッとすると、伊藤の方を見た。
礼と謝罪さえ言う時間も惜しかった。
「砲術、あのB29を撃墜せよ」
主砲塔が再び旋回する。
戦いは、今、始まったばかりであった。
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