第二艦隊、到着せり!
「目標、敵駆逐艦、撃て!」
「長門」の41㎝主砲が咆哮する。
栗田健男は「長門」の艦橋から、散るように逃げていく敵駆逐艦を睨んだ。
後続する「金剛」「榛名」「伊勢」「日向」からも35.6㎝砲弾が放たれる。
狙われたのはアレン・M・サムナー級駆逐艦の一隻、「コンプトン」だった。
30発近い大口径砲弾の着弾はすさまじく、「コンプトン」はあまりの衝撃に艦首を海中に突っ込む形で転覆した。
「敵艦轟沈!」
「目標切り替え、各艦に自由射撃を許可する」
第二艦隊、それはもはや存在しない組織であった。
レイテ沖海戦の敗北によって第一機動艦隊は1944年11月に解散、第二艦隊は僅かばかりの艦を残すだけになった。
さらに1945年4月、沖縄に来襲した米艦隊に対し、一大特攻攻撃を行う天一号作戦が発動、なけなしの燃料と艦艇を集結させ、戦艦「大和」率いる第一遊撃部隊は最後の作戦のために徳山を後にした。
同部隊は7日に米機動部隊の数千機に遭い、坊ノ岬沖で全滅したとされる。
生存者は一人もいなかったそうだ、第一遊撃部隊の一〇隻は一隻も帰ってこなかった。
その後空襲が激しくなり、第二艦隊は解体され、のこる所属艦は浮き砲台になるか、海上護衛隊に移管した。
だがその海上護衛隊も米機動部隊が本土近海を遊弋するようになり、守るべき輸送船が全滅したことから、特攻作戦の全面採用に伴い5つの特攻戦隊に改編された。
栗田はレイテ沖での敗北後、第二艦隊司令官の席を伊藤に譲り、海軍兵学校校長に就任した。
レイテ湾目前での「反転」について自分でも後悔することがあり、他の高官から非難されていたから、ある種の左遷だったのかもしれない。
だから、高橋という中将が現れて、再編した第二艦隊の司令官になってほしいと頼まれた時は、頭おかしいんじゃないかと思った。
だが、呉にその艦隊は確かにあった。
乗組員は退役軍人や、それらの艦の元乗組員、そして船舶運用経験がある一般人と雑多で、みためだけは迫力があっても実態は動けるようになったただの鉄屑と言ってもいいところだった。
そこで栗田の番だ。軍内から知り合いやら部下やらをかき集めて、その艦隊をなんとか実戦でも使えるようにした。
すると高橋という中将はこういったのだ。
「広島に落ちた新型爆弾のことをご存じですか?」
「ああ、町がひとつ壊滅したらしいな…。米軍は本気で大和民族を浄化するつもりなのだろう。それがどうした?」
「伊藤中将は生きています。新型爆弾の帝都への投下を阻止するためにサイパンに向かっています、第一遊撃部隊と共に。栗田閣下にこの艦隊を率いて第一遊撃部隊のサイパン突入の支援をしてもらいたいのです」
おかしなことを言うものだ。
「ふっ、こんな艦隊でか?米軍の弾を多少消費させるぐらいしか役に立たないぞ」
「考えがありますので」
だが、高橋は実現させて見せた。
数千機の特攻隊を一度に出撃させ、数日間だけだったが米軍の哨戒網を麻痺させたのだ、第二艦隊は一隻も欠けることのないままサイパン近海まで来ていた。
形式上は連合艦隊司令部が命令を出したことになっていたが、それが偽造であることは栗田でも分かっていた。
しかし、今更引く気はなかった。最後の挽回の機会であったし、高橋が言っていることがほらだとは思わなかった。
そして今、第二艦隊、戦艦5隻に巡洋艦2隻、駆逐艦14隻の艦隊は第3艦隊への攻撃を行っていた。
駆逐艦はその殆どが竣工1年もない松型で、乗員の練度はいかんともしがたく、可能な限り対潜任務にのみ徹するようにしているから実際の戦力艦は7隻しかなかった。
「敵戦艦接近!数4」
「さっき逃げていった奴らか...応戦用意!」
「伊勢」「日向」は航空戦艦であって主砲は金剛型と同等しかないし、そもそも大半の艦が空襲での損傷で兵装の一部が使用不可能になっていて、頭数だけは5隻といっても、実際の戦闘力は米戦艦1隻にも満たないだろう。
それでも栗田にとって、そして第二艦隊の将兵にとってはそれで十分だった。
「撃てえ!」
「長門」はその25年に渡る生涯で、最初で最後になるであろう敵戦艦との戦いのため、4基の主砲を咆哮させた。
※ ※ ※
「長門」以下5隻の戦艦が砲撃を開始したのは「大和」の艦橋からでも確認できた。
第二艦隊につられる形で敵駆逐艦は離れていっていた
第一遊撃部隊とサイパンを隔てるものは60kmの大海原だけだ。
「助かりましたね...」
有賀がそうつぶやいた。
その礼を言う機会すら、もはや訪れないだろう、伊藤はそう思いながらも、サイパンの方を見つめた。
「この機会を逃すわけにはいかんな。全速前進、サイパンを目指せ」
「大和」は27ノットを発揮できる、サイパンまでは2時間もかからないだろう。
伊藤は惜しくも思うが「大和」は戦場から離れていった。
後方では第二艦隊と米艦隊が死闘を繰り広げており、水平線上には爆発がいくつも見えた。
だがサイパンまではあと少しだ、思ったよりも簡単だったな。伊藤はそう思った。
だが、数十分後、その考えが甘かったことを伊藤は思い知らされた。
「前方に敵編隊!」
前方から迫る編隊、それは伊藤にとっても見慣れた光景であった。
「
ざっと200機はいるだろう。
さすがに原爆搭載機は無いだろうが、200機のB29だけでも第一遊撃部隊、とりわけ巨大な「大和」にとっては脅威だ。
一機あたり9トンの爆弾を搭載しているから計1800トン、駆逐艦一隻に相当する爆弾が降り注ぐのだ、如何に「大和」といってもダダでは済まないだろう。
「アメさんも必死ですね...」
B29は戦略爆撃機だ、対艦攻撃機ではないからそれを「大和」に使わないといけないほど、米軍は切迫しているのだろう。
「涼月」「冬月」の秋月型防空駆逐艦2隻が前方に展開し、10㎝高角砲での対空射撃を開始した。
大和の両舷の12.7㎝高角砲も火を噴く、だが落ちる機体は一機もなかった。
敵編隊の第一陣、3、40機ほどのまとまりが第一遊撃部隊に接近し、爆弾倉扉を開く。
1600ポンド
「くるぞ...」
「大和」の左舷前方に巨大な水柱が3本、連続してそそり立った。
全方向で水柱が立ち上がる。
艦橋の窓ガラスが水しぶきに覆われた。
そして、投下されたうちの一発の1600ポンド爆弾が、大きく弧を描くように落下し、巨大な船、大和坂といわれる前部甲板に吸い込まれた。
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