眷属の戦い


駆逐艦、それは主力艦を護衛するのに重きを置く、脇役の船である。


「大和」の第一遊撃部隊には「冬月」「涼月」「磯風」「浜風」「雪風」「朝霜」「初霜」「霞」の8隻が護衛として軽巡「矢矧」と共に随伴していた。


6万トンもする「大和」に比べると大きくても3000トンのそれらの駆逐艦は、いささか見劣りしており、今までの戦闘でも大和の後ろで流れ弾が当たらないように、まるで小鴨こがものようについてきているだけだったので、殆ど活躍できていなかった。


だが、敵艦隊は100隻近い巡洋艦や駆逐艦を持って大和への総攻撃を行おうとしている、これに応戦しない手立てはなかった。


「有賀さんは例のヤツを使ったみたいだな...」


「大和」から敵艦に向けて誘導粉塵弾が放たれ、一瞬で敵戦艦3隻を大破せしめたその光景は、護衛の駆逐艦を束ねる第二水雷戦隊旗艦、「矢矧」からもくっきりと見えていた。


古村啓蔵、第二水雷戦隊司令官はこっちも負けてはいられないと、ふと、「矢矧」の横を航行する「霞」の艦尾を見つめた。


対馬で改装されたのは「大和」だけではなかった。


敵巡洋艦群が咆哮する、「矢矧」の周りには凄まじい水柱が立ち上がった。


大和の15.5㎝3連装砲や矢矧の15㎝連装砲が、僅かばかりの反撃の射撃を行うが、効果は芳しくない。


だが、有賀がそうであったように、吉村も負けるとは思っていなかった。


「こっちもやられっぱなしにはいかないな...全艦に次ぐ、回天改の使用を許可する!目標はこちらが指定する、ヤンキーどもに一泡吹かせてやれ!」


「こちら朝霜、了解した」

「浜風だ、やってやるぜ吉村長官!」

「われ冬月、これより回天改による攻撃を開始する」


無線は各艦長たちの返事でごった返した。


「分かりました、長官。やってやりましょう!」


「矢矧」艦長の原為一が意気込んでそう答えた。

吉村と同じく、駆逐艦の艦長を歴任してきた生粋の水雷屋であった。


「ああ、頼んだぞ」


「はい!...回天改、1番、2番発射!」


艦尾スロープに置かれている黒色の鉄の棒、回天改はもやいをとかれ、スッと滑り落ちると、圧縮酸素の燃焼によってスクリューを回転させ、頭を敵艦隊の方に向けた。


同時に艦中央部の、飛行甲板下、魚雷発射管があった場所からも回天改が射出される。


8隻の駆逐艦もそれぞれ発射を終えていた。


計35本の回天改は青白い航跡を海中に残して、敵艦隊に突進した。



※ ※ ※



「くっそ、何が起きたんだ!」


ハルゼーは「ミズーリ」のCICで、ガラスの破片が突き刺さった右腕を抱えながら、なんとか立ち上がった。


艦橋の窓ガラスは全て割れ、そこから見える第1、第2砲塔の有り様は、思わず発狂したくなるほどのものだった。


あちこちに火災が発生し、上部構造は切り刻まれたようになっていた。


カミカゼが直撃したのは煙突の付近で、それによって艦橋後部とマスト、レーダー装備が全て粉砕されたほか、煙突から進入した爆発は機関室を壊滅させたようで、「ミズーリ」はもはや足を止めていた。


「大丈夫だ、大丈夫。こっちにはまだ4隻も戦艦があるんだ、駆逐艦だって100隻はあるぞ、負けるわけない」


ハルゼーはそう自分に言い聞かせた。


だが期待とは反対に、「サウスダコタ」「インディアナ」「マサチューセッツ」「ノースカロライナ」の4隻は急に向きを変えたかと思うと、急速にヤマトから遠ざかり始めた。


「シャフロスは何をやってるんだ!敵前逃亡だ、さっさとジャップを殺せ!」


シャフロスは桜花改が一撃で3隻もの戦艦を撃破したことに衝撃を受け、第8戦艦群の4隻がその二の舞にならないように退避をさせたのだが、ハルゼーにはそれが怯えて逃げているように見えた。


ハルゼーの怒号はシャフロスに届くことは無く、ただ、燃えつつある「ミズーリ」に響くばかりであった。


そして、数分後には更に驚くべきことが起きた。


ヤマトを包囲するように接近していた100隻の巡洋艦、戦艦のうち、巡洋艦の殆どと、駆逐艦数十隻が一瞬にして爆沈したのだ。


「何か夢を見ているんだ、そうに違いない!これは悪い夢だ...!おい、早く冷めろ、ジャップを殺さないと...!」


ハルゼーのその狂気に、「ミズーリ」の乗員達すら夢ではないかと、思い始めていた。


だが、全ては現実であった。




※ ※ ※




「敵駆逐艦接近、数30!」


伊藤は見張り員の報告を淡々と聞いていた。


第2水雷戦隊の必殺兵器の攻撃で敵巡洋艦、駆逐艦はその数を半数に減らしたものの、依然数倍である点は変わらず、しかも歩みを止めることなく、むしろ仲間の無念を晴らす勢いで大和に突進してきていた。


「磯風、轟沈!」


その悲鳴が最初であって最後ではないことを伊藤は理解していた。


敵駆逐艦は30隻、米軍の駆逐艦の魚雷本数は一隻10から12本、合計300本以上の魚雷に襲われては第一遊撃部隊、いかに浮沈艦「大和」とていようとも、沈まないわけにはいかぬだろう。


いや、「大和」は浮沈艦ではない、1年前の「武蔵」がそれを証明していた。


「主砲、撃てえ!」


敵戦艦が去ったため、3基の主砲も両舷の12.7㎝連装高角砲、15.5㎝3連装砲に加わって敵駆逐艦への攻撃を開始していた。


無数の火箭が「大和」や護衛の駆逐艦群、「矢矧」から放たれる。


46㎝砲弾の威力はすさまじく、駆逐艦は近くに着弾しただけでもその水圧と衝撃で転覆していた。


だが、それでも全てを防ぐには至らなかった。


敵駆逐艦が次々に反転していく、魚雷を投下したのだ。


「右舷に雷跡!」


「取り舵いっぱい!」


舵はなかなか効かない、6万トンの巨艦はその大きさから分かるように鈍重だった。


と、大和の右舷に一隻の艦が滑り込んだ、「矢矧」だった。


「まさか...」

「吉村さん...」


「矢矧」の右舷に水柱が立ち上がる。

阿賀野型のか細い船体が悲鳴をあげるように震えた。


最終的に水柱の数は10を超えた。


「矢矧」は一瞬で爆発すると、海中にその姿を消した。


「大和」は一発も被雷しなかった。


「「矢矧に敬礼っ!」」


伊藤も黙祷をした、だが数秒だけ。


敵駆逐艦は魚雷の再装填を終え、再び発射するはずだ。


その時が「大和」の最後になるだろう。


桜花改はまだ4発残っているがあれは大型艦用だし、30隻いる駆逐艦が4隻ばかり減った所で意味はないだろう。


「皆、すまんな...」


すると、乗員達は伊藤のほうに向きなおり、そして口をそろえてこういった。


「司令、まだ、諦めるわけにはいきません!矢矧のためにも、任務をやりとげなければ」


「そうだ、そうだな」


まだ、可能性はある。

諦めちゃだめだ。


水平線上には無数の敵駆逐艦が並び、こちらに艦首を向けて、進撃をしてきていた。


だが、次の瞬間、その駆逐艦のなかに爆炎が立ち昇り、何隻もが爆発四散した。


遅れて低い、重厚な発砲音と鋼鉄の唸りが聞こえてきた。


「あれは...」


そして第一遊撃部隊の無線にたった一言、割り込んできたものが発した。


「ワレ第二艦隊、貴方ヲ援護ス」


















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