餌と罠
第3艦隊(スプルーアンスが指揮するときは第5艦隊)の空母は突如坊ノ岬で発見されたヤマトを追って、まるで蜜に群がる虫のように南西諸島方面に移動していた。
1945年8月10日、ちょうど坊ノ岬沖でヤマトが第2次攻撃隊の猛攻を受けていた頃、第38任務部隊の19隻の空母は沖縄沖、奄美大島の南東あたりで、帰還する第一次攻撃隊の収容を行っていた。
そして、その帰還する機体の中に幾つかの所属不明機が混じっていたことに気づくものは、「ベニトン」に特攻機が突入し炎上するまで一人もいなかった。
味方機が上空にいるため、ろくな対空砲火もせずにエセックス級、インディペンデンス級は次々に炎上していった。
特に第3次攻撃隊の機体が格納庫内に待機していたため、誘爆による被害が酷く、「ハンコック」に特攻機が突入した際には、誘爆による爆発で付近を航行していた駆逐艦一隻が巻き添えになり、その駆逐艦は間もなく沈んだ。
13隻の空母が大破あるいは発着艦不能に陥り、内数隻は浮いているのが奇跡という状態だった。
それでも一隻も沈まなかったのはアメリカ艦の余裕を持たせた設計とダメコンによるものだった。
しかし、逆にあえて一隻も沈ませず、甲板を破壊する、戦闘不能になる程度の損害をより多数の艦に追わせるために特攻機がバラバラの目標に突入したことを知るものはいなかった。
そして、それが如何なる影響を与えるかを。
※ ※ ※
8月11日、第一遊撃部隊は青木に指定された海域に到達していた。
「電探に感あり、友軍の偵察機です」
陸軍航空隊の一〇〇式司令部偵察機がまるで前からそこに第一遊撃部隊が来ることを知っていたかのように、数分もたたずと飛来すると、通信筒を大和の前部甲板に投下し、直ぐに戻っていった。
通信筒に入っていたのは第一遊撃部隊への最後の指示だった。
単純明快な指示だった。
『三発目ノ原爆投下ヲ阻止セヨ』
原爆搭載機がサイパンを離陸する時刻と、米艦隊の大まかな位置と規模のみが裏に記されていた。
「原爆とは?」
有賀は伊藤に聞いた。
「言ってなかったか。一昨日、長崎は米軍の新型爆弾で消滅したらしいな。それも、たった一発の爆弾で」
「「...」」
「なんでも原子というものの粒が分裂するときの力を利用した爆弾で、一発で街を消し飛ばす威力があるんだとか。つまり、それがもう一つ落とされるから、サイパンに殴り込んでそれを防げというわけだ」
四ヶ月前に沖縄に突入しようとしていたのが簡単に思えるぐらい、サイパンの周りには米軍の船が存在していた。
「成功する望みは薄いだろう。だが、やらないという選択肢はない」
艦橋に詰める面々達は伊藤の方に向き直り、真剣な眼差しで、その言葉に耳を傾けた。
「私からの、第一遊撃部隊司令官としての、最後の命令だ。原爆投下を阻止せよ」
※ ※ ※
モートン・デヨ中将率いる第54任務部隊は東北地方への艦砲射撃に加わるべく、ウルシー環礁を出て北上をしていた。
第54任務部隊は4月に沖縄に突入しようとしていたヤマトの艦隊にスプルーアンスが挑もうとしていたその戦艦群であった。
しかし、大和は反転し、つい先日の通信で再び坊ノ岬沖を通過しようとしていたところを第38任務部隊の艦載機が撃沈したらしい。
そして、今、デヨは水平線上に見える巨艦を前に絶句していた。
「嘘だろ…亡霊か!?…。総員、対艦戦闘用意!」
そこには、自身が決戦することを望みながらも坊ノ岬沖で沈んだはずの巨艦があった。
そして、唸りと爆発音とともにその巨艦は、レイテ沖での妹艦の復讐を、サマール沖での雪辱を晴らすかのように、世界最大口径の主砲を咆哮させた。
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