迫る終焉







『第一遊撃部隊ハ対馬ニ進出、指示ガアルマデ待機セヨ』




坊ノ岬沖で反転した第一遊撃部隊に届いた次の指示はそのようなものだった。


対馬には日露戦争時に竹敷要港部が設置されていたが戦後それらは解体されたし、対馬に大和を始めとする第一遊撃部隊の艦艇が接舷できる要港はなかった。


だからまたもや伊藤らは困惑した。連合艦隊司令部の意図がうまくつかめなかった。


もしかしたら対馬の沿海に停泊するだけなのかもしれないが、それこそ意味をなさないものだ。


伊藤は大和の艦橋から前方に見える対馬を望んでいた。


反転からは14、5時間が経過していた。司令部から随一送られてくる航路を元に第一遊撃部隊は米軍の哨戒網をすり抜け対馬沖まで到達していた。


「いったい連合艦隊司令部は何を考えているんでしょうね、対馬に秘密兵器でもあるんじゃないですか?」


大和、艦長の有賀幸作が伊藤にそう言った。


「はは、艦長、何を言ってるんですか。そんなもんがあったら宇井島の野郎は敵艦に突っ込んで死ぬ必要なんてなかったんじゃないですか」


それを聞いていた兵員が笑ってない顔でそう、有賀に言い放った。


「....そうだな」


有賀は苦笑いしながらそう返した。


艦橋に重苦しい空気が漂う。


それを破ったのは他でもない伊藤だった。


「あながち、秘密兵器も間違ってはいなさそうだな。ほら、」


伊藤がさしたのは第一遊撃部隊が向かっている対馬中部に位置する浅茅湾あそうわんの入口に当たる水道の方向だった。


巨艦が一隻、その奥に佇んでいた。黎明の朝焼けにくっきりと浮かび上がるそのシルエットは大和の乗員たちがだった。


特徴的な高い艦橋に幅広な船体、帝国海軍最大口径の46㎝三連装砲塔。


そこに存在すること自体が有り得ない船だった。


「武蔵...」


誰かがポツリとそうつぶやくのが聞こえた。





※ ※ ※




1945年8月6日、午前8時15分。


機体番号44-86292のB29戦略爆撃機、エラノ・ゲイは攻撃地点IPに到達。


相生橋を目標とし、ガンバレル型ウラニウム活性爆弾アトミック・ボム、≪リトルボーイ≫を投下した。


44秒後、リトルボーイは地上600m上空で核分裂反応を起こし爆発。


致死量の放射線と250万度の熱線を放ち、最後に秒速300mの衝撃波が辺りを襲う。


爆心地数百メートル圏内の家屋は瞬時に灰になるか炎上し、人間は消滅するか炭になった。


それ以遠の場所にも熱線と衝撃波は吹き荒れる。


熱線を浴びた可燃性の物体は瞬間的に発火し、辺りを業火に包んだ。


熱線を浴びた人間は数秒のうちに皮膚を焼き尽くされ、爆心地の方を向いていた人は視力を失った。


後には壊滅した都市と瀕死の人間が横たわるばかり、広島市民の3分の1が見るも無残な亡骸に変わり果てた。

それを覆いつくすキノコ雲は数百キロ先からでも良く見えた。


死者行栄不明者は3日間だけでも10万人にも及んだ。




そして


1945年8月9日、午前11時02分。


4分前にB29、機体番号44-27297、ボックスカーが投下したインプロージョン型プルトニウム活性爆弾、≪ファットマン≫は長崎市の上空500mで核分裂反応を起こした。


長崎市は広島に続いて消滅した。



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