第5話 富豪 対 植民地警察

 のんびりと、女一人で夜のタワー見物に行き、街の夜景を満喫してきたという風情ふぜいでガートルードが下りてきて、警官隊も、その場に来ていたグッドコート氏も色めき立った。

 「おいっ」

と、前を固める植民地警察の警官を押しのけて前に出たのはグッドコート氏。

 「おれの息子は、おれの息子は無事なのか? それと、犯人は? にっくき犯人はどうした!」

 ガートルードがくすっと笑った理由は、だれにもわからない。

 「だれもいませんでしたよ」

と涼しい顔で言う。

 「そんなはずはないと、何度も探したんですけどね」

 そう聞いて、植民地警察の警官隊はいっせい無遠慮や笑い声を立てる。

 「ブ ックタワーに立てこもると見せかけて、どっかに逃走したんじゃありませんか?」

 「あ、うむ」

 カネ持ちはしばらく考えている。

 だが。

 「あ、いや。昨日、領事館警備隊と交戦して、やつらは上に逃げ込んだ。それ以来、下はずっと固めているし……どこへも逃げようがない」

 と、そこで気づいたらしい。

 大きく目を見開いて、ガートルードににらみつける。

 「さてはおまえだな! おまえが盗賊団とぐるになって、あの飛行船で盗賊どもを逃がした。そうだな!」

 「何をバカなことをおっしゃいます?」

とガートルードは平気で応じた。

 「盗賊は十人以上いたんですよ。ご存じありませんかね? そんな人数が乗ったら、あんな小さい飛行船、わたし一人が乗るだけでも、体重が重い、もっと痩せろって文句の言われ通しだったのに。盗賊が十人も乗れば、空中に浮いてることもできずに落ちちゃいますよ」

 「むむっ」

と、「バカ」と言われたカネ持ちは黙りこんでしまったが。

 顔を上げて、大声で言う。

 「ともかく、おまえにはいまからいっしょに領事殿のところに来てもらう!」

 そう言われて、警官隊のガートルードの部下たちが色めき立つ。

 グッドコート氏とその取り巻きと、警官隊とがにらみ合いになりそうな様相だ。もしかするとにらみ合いではすまないかも知れない。

 しかし、ガートルードは、その警官隊を手振りで押さえ、グッドコート氏に向かって、言う。

 とても晴れやかに。

 「そう言えば、わたしも代理領事様にお伝えしなければいけないことがあるんでした」

 「ほう」

とグッドコート氏が偉そうに言う。

 「それは奇遇だな」

 「はい」

と、ガートルードはポケットから横に長い封筒を取り出した。

 「ポールマクロー駐在のフランス領事から当地のイギリス代理領事への照会しょうかいです。内容は、先日誘拐されたフランス人の姉妹が、セントローレンスに不当に監禁されている疑いあり、という問い合わせ。まあ、抗議ですね。ジャクリーヌとジョゼフィーヌでしたっけ? その二人は、昨日の強盗騒ぎに乗じて脱出に成功して、もうすぐ、ポールマクローに到着して、ただちにフランス領事法廷に訴えを出すことでしょうね」

 「なっ」

と、グッドコート氏は顔色を変えた。

 「やつらはどうした? なんで外に出ることなんかできたんだ?」

と取り巻きたちをどなりつける。

 「それが」

と、その一人が弱々しい声で言った。

 「昨日の強盗騒ぎで、ほんとに、邸内大混乱でございまして」

 大混乱でも、たいせつな「商品」であるはずの人身売買の被害者が逃げたら、すぐにわかりそうなものだ。

 それも、十二人も。

 もしかすると、この取り巻きもお坊ちゃんに買収されていたのかも知れない。

 「ええい。ちょっと見せろ」

と、グッドコート氏はガートルードの手からその公文こうぶんを取り上げると、封筒ごと破り捨ててしまった。

 激怒して、どなりつける。

 「さあ。おまえの誣告ぶこくと文書偽造の罪も含めて、領事殿の前できちんと説明してもらおうか!」

 「いいですよ」

 ガートルードは冷たく言った。

 「文書なんか破り捨てても、もう電報で知らせが行ってますからね。それも、ここだけではなくて、シンガポールにも、カルカッタにも。もちろんシンガポールに電報が行く以上、ブルック商会の本社にも知られるでしょうし、ロンドンの外務省に報告されるのも時間の問題ですね」

 そして、ふふん、と得意げに笑う。

 「次はあなた様が逃亡なさる番ではないかと思うんですけど」

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