第2話 ブックタワーの大事件
「あんた、フランス語の発音、巧いじゃないか」
フランス人の船長は、その女の頼みとは関係のないところに感心する。
「とくに、サンタントワーヌ、なんて発音、こっちの船長より巧い」
「あたりまえだ」
とコリンス船長が言う。
「イギリス人はそういう鼻にこもった発音はできないんだ」
デュピレー船長は
「こっちのお嬢さんにできて、おまえにできないわけないだろうが」
と言ってから、ガートルードとコリンスの顔を半々に見た。
「で、だれ?」
「おれから言ったほうがいいだろう」
とコリンス船長が言う。
「隣の島の、セントローレンスの警察隊長だ」
「この若さで」
と、デュピレー船長が感心する。
「たいしたもんだ」
ガートルードは、
儀礼的に。
「で」
とイギリス人のコリンス船長が言う。
「なんでこいつの船を借りたいと?」
ガートルードは簡潔に言う。
「盗賊がブルック商会の店長邸宅を襲撃して、人質を取ってブックタワーに立てこもりました」
「なるほど」
とイギリス人のコリンス船長が言う。
「それは大ごとだ」
コリンス船長の言いかたは、大ごとだが、どこか他人ごと、という風情だ。
「ブックタワーって」
とデュピレー船長がきく。
「ブックというのは英語で本のことだろう? 図書館にでも立てこもったのかい?」
「あ、いや」
とコリンス船長が説明しようとして、ガートルード隊長に譲った。
「ブルックってその商社が宣伝のために造った塔で、ブルックタワーっていうのがほんとうの名まえなんですが、看板からRの字が落ちて、そのままになってるんで、人呼んで「ブ ックタワー」……です」
ガートルードは、「ブックタワー」の、本来は「R」があったところにわざと空白の時間を入れて発音した。
「なんだそれは」
デュピレー船長が高慢に言う。
「バカにされてるってことだろ?」
とコリンス船長が言う。
「ま、ブルック商会そのものはシンガポールの大商社だがな」
「セントローレンスの店を
とガートルードも説明した。
「もともと、そのブルックタワーだって、シンガポールの本社が宣伝のためってお金を出したから造ったんで、できてからは看板を修理するカネもケチる、っていうことですね」
「そのグッドコート、麻の取引で財をなした、ということになっているがな。いちおう噂だが、と言っておくが」
イギリス人のコリンス船長は、そこまで言って両
「アヘンの仲買い、鉄砲の転売、それから人身売買の疑いもある。儲かることならなんでも手を出す、ってな」
「
とガートルードも言い添える。
「つまらん野郎だな」
というのがデュピレー船長の感想。
「で」
とコリンス船長がきく。
「今度の事件の概要は?」
「はい」
とガートルードがかしこまる。
「髭を白く染めた、よく日に焼けた男が率いるヨーロッパ人アジア人混成の盗賊団が、グッドコート氏の邸宅に押し入って、金庫を爆破して金塊だの証券類だのを持ち出しました。グッドコート氏も、人数は少ないながら警備員みたいなのを雇ってるんですが、これがまったく役に立たず」
「ケチが、たかが警備員とか見下したあげく、給料をちゃんと払ってないからだな」
デュピレー船長が口をはさむ。ガートルードがにこっと笑って
「そのとおりです。しかも、今回は、盗賊団側から買収されていた疑いがあります」
と言い、事件の説明を続ける。
「その警備員買収の件や、あと邸宅からの脱出経路も含めて、異様に手際がよくて。盗賊に邸宅の家のなかに入られるまで気づかれなかった、ってことです。で、盗賊団は港への逃走を図ったんですが、そこで港から来た植民地警察隊、つまりわたしたちのことですけど、それに行く手を
「それで」
とデュピレー船長がきく。
「そのタワーから引きずり出すことはできないわけ?」
「はい」
とガートルードが言う。
「盗賊団はタワーの最上階にいて、そのタワーの高さは四十ヤード、あ、つまり、三十六メートル半ってとこですね」
「イギリス式のひねくれた単位の換算、恐れ入る」
とフランス人のデュピレー船長が感謝する。イギリス人のコリンス船長は微笑して受け流し、
「まあ、下から鉄砲撃っても届かん、ということだな」
と言う。
「かといって、大砲をぶち込んだら、タワーそのものが倒壊する」
ガートルードは、うん、とうなずいて、言う。
「だいたい、人質を取られています」
「で、その人質とは?」
とコリンス船長がきく。
「まあ、邸宅の使用人が何人か。半分くらいは女です」
「たいしたもんだ」
「はい」
とガートルードが言う。
「それと、そのグッドコート氏の一人息子が人質に取られています」
「おー! それは大事件なんじゃないか」
とデュピレー船長が大げさにうめいた。
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