第61話

 サンドライト城を訪ねるのはこれで三度目だった。思い返せば、資格を持っていないからと独房に入れられて、そこでコーラルと出会ったのだ。


(あれがなかったら、僕はきっと冒険家になることもなかったんだろうな)


 帽子に巻いたスカーフに、冒険家の証が光る。


「ここでお待ちください。姫様を連れて参りますわ」


 そう言ってヴァレンティーナは城の中へ消えていく。入れ違いで甲冑の擦れ合う音を鳴らしながらデイドラ・シルドリアンが部下を引き連れてジッパたちの元へやって来た。


「き、ききき貴様ァ!!」

「あっ、デイドラさんだ。おはようございます」

「うむ、おはよう…………ではない! 貴様よくもこの自分の前に再び顔を出せたものだな」

「あ、いえ……コ――」そこまで言って、あやふやにぼかす。

「やあ、元気かい。ジッパ」


 デイドラの背後からひょこりと首を出すのは、うすら笑みを貼り付けたような色男。カイネル・ピッカーである。両手首には鎖が繋がれている。


「カイネル、どうしてここに」

「此奴率いる『心許ない爪元』は、危険アイテムの秘匿所持、密売と重罪を重ねてきた。そうなると、王国側も慎重になるのだ。何度も尋問を繰り返して、未だ居る仲間や、アジトを割らせる必要があるのでな。尋問部屋からの帰りだ」

「だからもう洗いざらい全部話したぞ、オレは。もうこれ以上何を話せと……」

「貴様は油断がならん! 自分の経験が言っているわ、狐顔の男には気をつけろとな」

「いや……それはよくわからんのだが」


 カイネルは呆れたように空を見上げて溜息をつく。デイドラの相手が辛そうである。


「カイネル……この前言ったこと、覚えてる?」

「…………何の話だ?」

「むっ、貴様ら、密告か!? やはり貴様も此奴とグルだったと言うわけか!」


 ジッパは間に入ってくるデイドラを無視して続ける。


「……待ってるからさ。また僕たちと一緒に冒険しようよ」


 ジッパの隣でラーナとクリムもじっーとカイネルを見つめる。


「わからんな、なんでそこまでオレに関わろうとする、オレはお前を刺したんだぞ」

「初めての……仲間だからだよ」

「……バカだな、本当におめでたい奴だ」


 カイネルは吐き捨てるようにそう言って、デイドラたちに連れられ去って行く。しかし最後に踵を返して、投げかけてきた言葉は、彼の頬を少しだけ緩ませるようなものだった。



 しばらく時間が経っても、一向にコーラルは姿を現さなかった。


「…………こない、ごはん……たべてるかな」

「あの小娘小さい形をしているくせに、あり得ないほど喰うからな。あり得るな、それは」


 ラーナの頭に乗るクリムは、彼女の狼耳に頭を擦りつけながら居心地良さそうに言う。


 もしかしたら……もう、自分のことなど頭の片隅にも居ないのかも知れない。とジッパは思う。コーラルにとって、ジッパは冒険家への道筋を共に歩んだ存在であるが、冒険家になるという目標を達成してしまった今、コーラルの脳裏に焼き付いている人物は他にいるはずである。


 そう、自らの父で有り、師である伝説の冒険家、ファスナル・エトワールである。


(約束ってなんなんだろう……)


 幼い頃にコーラルはファスナルと何度か会っていた、と言っていたことを思い出した。そして先日出会ったときも、コーラルは父の名を親しげに呼んで、涙さえ流したのだ。


 コーラルにとってファスナルは絶対的存在であり、憧れであると同時に彼女の人生を変えるほどの夢を与えてくれた人物なのだ。再会できて、嬉しくないわけがない。


(僕は父さんに嫉妬でもしているのか……バカみたいだ)


 冒険家としても、一人の男としても、自分の父親にはまったくもって叶わない。父親としては、蔑むべき存在であることはわかっているが、ジッパはそれを自覚していた。


 今回の一件で、初めてファスナルがどんな冒険家なのか、改めて考えてみた。去り際に言ったあの言葉を思い出す。


 ――……ジッパ、どこまでが俺の作り上げた舞台なのか、よく考えて今夜は寝るんだな。


 おそらく自分は父の掌で遊ばれていた。それは何となく理解している。


 コーラルと出会って、冒険家を目指すようになって、その目標は達成した。これは父の脚本ではなく、ジッパ自身が掲げた目標だ。


 だが、人の気持ちでさえ、ファスナルの脚本上の通過点だったとしたら……?


 ジッパは身震いが止まらない。次は絶対に負けない。ファスナルを圧倒的に負かしてやると心に誓う。そのためには、未だ彼の見ていないアウターヘルの大地を踏みたい。未だ見ぬアイテムを手に入れたい。やりたいことが沸々と頭の中に涌き上がってくる。


 きっとファスナルは、全力で旅路を冒険家として楽しんでいる。もしかしたら、今回の自分たちの冒険劇も、ファスナルにとってはお遊び程度なのかも知れない。


 だったら、とジッパは思う。今度は自分が遊んでやる。ファスナルを舞台役者に仕立て上げて、上手に使ってやる。そしていつか言ってやるのだ。どこまでが僕の脚本だと思う? と。


 そうと決まれば心の決意は固かった。冒険家として、ファスナルを超えるような人物になってみせる。生粋の冒険家として、人生を謳歌しようという大きな夢がジッパに生まれる。


 雲一つ無い快晴の空の下、ジッパは晴れ晴れとした表情でコーラルを待つ。


 会ったら、まず最初に何を言おうかと考えていたが、やはり感謝の言葉だろう。


 自分がこんな夢を持てたのは、ファスナルの脚本上のストーリーだったとしても、コーラルがいたからである。彼女には本当にたくさんのものをもらった。純粋に好きなものを素直に追い続ける姿勢も。例え壁に当たっても努力と頑固さで健気に頑張る姿。


 ジッパは、コーラルのことが女性として、そして一人の人間として好きだった。


 この気持ちを打ち明けるべきかはわからない。一国の王女に対して失礼極まりないのは間違いない。それどころか彼女を変に困惑させてしまうかも知れない。それは望むところではない。


 脳裏の片隅に置いてくれるだけで良いのだ。楽しかった思い出として……。


(……なんて、一体なにを考えているのやら)


 くすりと笑って、ふと視線を上げると、突然どしゃりと荷物の山が散らばる音がした。

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