第62話

「……いった~」

「……コーラル?」

「あっ、ジッパだ。おはよ! はやくこれその何でも吸い込む鞄の中に全部入れて!」

「え? え?」


 ジッパは混乱した表情で、ラーナとクリムと共にコーラルの元へと駆けより、散らばった荷物を言われるとおりに大量の荷物を鞄の中へと収納していく。


「さて……わたしの脱出経路に抜かりはないはずだけど……さっさと逃げるよ」

「……ど、どういうこと?」

「いいから、さっさと逃げるの!! ほら、クリムちゃんも、ラーナちゃんも!」


 訳がわからないまま、ジッパはコーラルに手を握られて、走り出す。


「これから旅立つんだから! 逃げるに決まってるでしょ! 今後、サンドライト王国は敵だよ! お父さんきっとうるさいから。あっ、デイドラとヴァレンティーナも敵ね」

「旅立つ……それって」

「くっくっく……すまないジッパ。貴様のしょげた顔がどうにも面白くてな、黙っていたが、小娘は荷物を取りに帰っただけだぞ」


 クリムが笑いを堪えながら言う。それを聞いたジッパは真っ赤にした顔を俯ける。


「……ジッパ?」

「……てっきり、もう……僕らのことなんて、忘れちゃったのかと思った」

「どして?」

「君はほら、父さんのことを慕っていたから……あの人に付いていくのかと」

「もしかしてジッパ……わたしがファスナルに取られるとか思っちゃったってこと?」

「べ、べつにそういうわけじゃ……ないんだけどさ」

「ふふっ、子供みたーい、よしよし。だいじょぶだよー」

「な、なにを……」


 ジッパは帽子を撫でる仕草を向けてくるコーラルの手を恥じらいの表情で払う。


「あの人はね……わたしの憧れ。いつまでも憧れなの」


 走りながら言うコーラルの背中は、どこか以前よりも大きい。


「わたしはこれからもあなたたちと冒険がしたい。だからこれからもよろしくね!」


 日の日差しを十分に浴びた天真爛漫な笑顔をジッパへ向けて、コーラルは手を差し出す。


「……その言葉を、待ってたよ」


 ジッパは目尻の光るものを誰にも気付かれないように拭って、手を取る。


「ふふっ、決まり! ねえねえ、じゃあまず何処に行く!? わたし東とか行ってみたいんだけど! 寒いんでしょ、東って。この前の地図で盛り上がったじゃん!」

「…………さむいのは……やだ……あったかいとこ……ああ、ここだった」

「我もちびに同意する。それより我が生まれ故郷、南の【竜の谷】を目指そうではないか」

「みんな待ってってば。蜃気楼の地図を開くから。もう、賑やかなんだか、うるさいんだか」

「いいじゃん、楽しい! わたしこういう旅立ち憧れてたの! すっごいドキドキしてる!」

「小娘は後々に泣き言を言うからな……」

「そ、そんなことないよ! わたしもう一人前の冒険家ですから!」


 コーラルは胸に付けた《冒険家の証》と、手に入れた《赤竜の鱗》から作った小盾を腰に下げて、駆ける。


「その前にまずは準備だよ。そういえば買い物の途中だったんだ、食料、衣服もだし武器や薬なんかも大量に買い込まないと長い旅路は生き抜けないよ」

「あっ、じゃあわたしラーナちゃんとお洋服見てきてもいい!?」

「ふくなんて……いい……ジッパがいれば……それでいいの……そして、どうにかなるの」


 ラーナは無表情にぎゅっとコーラルの反対側からジッパに腕を絡める。


「……そういえばさ、ラーナちゃんって、幾つなの?」


 コーラルはジッパを挟んだ反対側からラーナへ言葉を投げかける。


「…………じゅうはち」

「ええっ、うそっ! わたしより一つ年上なの!?」


 ジッパはそれを聞いた途端に、今まで子供のように扱ってきたラーナを、年頃の一人の女の子として認識してあげないといけない気になった。


「ジッパ、ラーナちゃんの年齢知ってたの?」

「いや、今初めて聞いたよ。凄く驚いてる」


 一回りは年下だと思って疑わなかった。


「……ジッパ、モテモテだねっ」

「モテモテ……?」

「……な、なんでも……ないよっ」


 コーラルは少し頬を染めて先頭を走る。


 なぜ少し唇を尖らせているのか、ジッパにはよくわからなかったが、そんなことよりもコーラルが戻ってきてくれた方が嬉しかった。


 これからも、このパーティーで途方もない冒険への旅路が出来るんだと思うと胸が鳴った。


 これから待ち受けて居るであろう幾つもの苦難を思うと身体が熱くなる。


 知らぬ間に刺激を求めている。物欲が、探求的欲求が抑えられない。


 未だ見ぬ秘境や、魔境を求めて。


 未だ見ぬアイテムを求めて。


 未だ見ぬ仲間を求めて。


 未だ見ぬダンジョンを求めて。


 駆けだしたばかりの冒険家たちの、終わり無い冒険が――幕を開ける。

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