第30話

 ぱちんと落ち葉が火花が散らしながら、宙に分解され、焦げと化す。


「いやあ、まさかあんたらと再び巡り会うだなんて、夢にも思わなかったね」


 カイネルが軽快な気分をそのままに、温かく煌々と燃える火の元を見据える。


「そうだね、まさか再会するだなんて……それに――」


 ジッパはカイネルが腰を下ろす折れた樹木に一緒に座っている小柄な少女を一瞥する。


「まさかラーナも一緒だなんて。君たちは二人でパーティーを組んでいたんだね」

「正確には先ほど同盟を結んだ、と言うのが正しいんだが」


 カイネルは気取ったように両手を挙げ瞼を閉じた、それが役柄だと言わんばかりに。


「…………ジッパとうんめいの再会。ラーナ……うれしい」

「……ラ、ラーナちゃん、わ、わたしは……? ねぇ、わたしもいるよ? ほらほらっ」


 コーラルが自らを主張し、ラーナの腰辺りにぴったりと引っ付く。


 ラーナはそれを鬱陶しそうに見下ろすと、「……じゃま……あっちいって」と冷たくあしらうのだった。これにはコーラルも精神的に痛手を負ったらしく、しょげていた。


「ああ……美しいお嬢さん、貴女にはそのような落ち込んだ表情は絶対に似合わない。ならばこのオレが……あなたの屈託の笑顔を約束しましょう」


 どこまでも役者めいた演技でカイネルは軽やかな動作でコーラルの手を取ると、甲に唇を付ける寸前――ジッパに腕を引かれ、これを阻止する形となる。


「おほん、えっと……そういうことはやめようよ、カイネル。それに君、まだ彼女の名前も知らないだろう? ここで一度自己紹介といこうよ。僕はジッパ。言わずもがな今回の冒険家試験の合格を目指している冒険家志望者だ」

「くく、ジッパ、あんたもなかなか諦めが悪い男だ。いいだろう、受けて立つよ、この恋の暗闘に乗らせて貰おうじゃないか。あぁ、失敬――オレの名はカイネル・ピッカー。同じく冒険家志望者だ。ジョブは『盗賊(シーフ)』と名乗るようにしている。世の中にいる全ての女性を平等に愛し、そして崇めるのがオレの役目さ」

「…………ラーナは、ラーナ。それだけ。あとは……ざんねんながら……おしえない」


 ラーナが何かを勿体ぶるように無表情にそれを告げ、自分の番を待っていたと言わんばかりに腰に手を当てていたコーラルが、周囲の視線に緊張しつつも、元気な声音で言った。


「わたしの名前はコーラル・ルミネス! みんなよろしくねっ!」


 うずうずとした表情のまま、コーラルは唇を噛みしめていた。こうした偶然の出会いにも、彼女は何かしらの感慨深さを感じるのかも知れない。


「なんだか、嬉しそうだね、コーラル」

「あっ、バレちゃった? 隠していたんだけどな~、ふふっ。とっても嬉しいよ! あのときの二人にもう一度出会えるなんて思ってもみなかったんだもん。それにみんな冒険家を目指しているっていうんだし、みんなで頑張って冒険家になろうよ! ああっ、わたしってば胸がドキドキしちゃって唇が震えちゃう、やだ、もうっ」


 興奮しているのか、盛り上がった胸を押さえつつ、堪えきれない笑みでコーラルはゆっくり深呼吸をした。


「……ここに居るっていうことは、あんたらはもう一次試験を突破したってことなんだろう、二次試験会場らしいこの森が一体なんて呼ばれているか知ってるか?」

「うーん……なんかすんごい森!」とコーラルが夜に響く声で発言する。

「……すごいかどうかはあれだけど……うーん、ちょっとわからないなあ、どうも田舎者でね、どうも王都付近の地域にはあまり詳しくないんだ」

「…………だったら、ラーナといっしょにいるといい……そしたら……いい」


 ラーナはいつの間にやらジッパの隣に移動していて、ジッパの手を握り、物欲しそうな上目遣いで青年を見上げる。大きな黒目は、すべてを吸い込みそうなほど美しい。


「あー、どうやら君はラーナ嬢に何故だか好かれているようだね、オレとしては少し面白くない展開なわけだが……まあいい。ここは【巡り逢いの森】と呼ばれている」

「【巡り会いの森】……か」ジッパは何かを考え込むような表情で顎をなぞる。

「その名の通り、ここでは【アウターヘル】から漏れ出た微量“魔粒子”の影響でたちまちめぐり逢ってしまうものらしい。恋人が居ない男女の恰好の出会いの場というわけだ。若い男女……そう、まるでオレと……君がこうして此処でめぐり逢ったようにね」


 カイネルは片目をぱちんと閉じて、長い睫毛を光らせる。何かを求めるような美しい腕先は、言わずもがなコーラルであった。


「……?」


 当のコーラルは何の毛なしに差し出された掌を指で軽くなぞると、カイネルは甘美な陶酔に浸かる中毒者のように変なうめきを上げた。


「……しかし、突然入れてきたね」


 ジッパは若干引くような仕草でカイネルに軽蔑した視線をやる。


「はぁ、はぁ……負けるつもりは無いさ、あんたにはね。はぁ、くぅ、天然最高ッ!!」


 カイネルは小さく拳を握り、嬉々とした表情で声を裏返した。


「まあ……冗談はさておき、オレとラーナ嬢が出逢ったのもこの森なんだ。こんな暗がりを見目麗しい女性一人で歩かせるわけには行かないだろう? そこで声をかけたというわけさ」

「…………ラーナ……ひとりでも、べつに……いいのに」

「オーノンノン、それではいけないよ、ラーナ嬢……自らの檻という名の殻に閉じ込めてしまう行為はそれだけ自分の領域を狭めてしまうことと一緒だ、それではこのオレとパーティーを組むことも出来なかったろう――そんなの……嫌だろう? ん?」

「…………」


 沈黙するラーナの睨み付けるような視線を物ともせず、流暢にきざな台詞を綴っているカイネルからはとんでもない自信を感じる。女性に対する愛の美学がそこには存在しているようで、ジッパはとくに口を出すことも無く地面に落ちている木の葉に目をくれる。


 落ちた木の葉を拾い、月夜に掲げ、


「……これは《巡り葉》だね、昔ダンジョンで似たようなものを拾ったことがある。確かに微量でも“魔粒子”を帯びた場所やアイテムというのは人間の根からの探求心を引き付ける性質があるから、【巡り逢いの森】というのはあながち間違っているわけじゃないかもね」

「そうだよ! わたしたち四人はこうして運命的に出会うべくして出会ったんだよ!」


 満足そうなコーラルを横目にジッパはふうと少し溜息をついた。


「そうかも……しれないねえ」

「というわけで我ら四名で新たにパーティーを組もうじゃないか、オレ、ジッパ、ラーナ嬢、そして麗しきコーラル嬢。今宵の巡り逢いに感謝しよう、この出会いにサルーッ」


 まるでグラスでも持っているようにも見えてくる。カイネルは夜空に手を上げ、美しく微笑んだ。


「我がここにいることを忘れて貰っちゃ困るがな……いけ好かぬ小僧よ」

「……え?」


 カイネルは唖然とした顔でジッパの帽子の上に出現したクリムを見上げる。


「あれ、クリムどうしたの、人前じゃ絶対出るのを嫌がるのに」

「……そうしたら町中でも無いのにずっと狭いところでお主の体臭を嗅いでいないといけなくなるではないか、そんなものはゴメンだ……別にお主らの会話に混じりたかったとか、そんなことは微塵も考えていないから安心しろ」

「まったくもー、お前は寂しがりなんだか人見知り何だかどっちなんだよー、このこの」

「笑止ッ!! 寂しがりの部分ではお主になど何も言われたく無いがな!」


 カイネルが作り上げた綺麗な表情を変形させながら気を失うまで、そう時間はかからなかった。


 偶然の再開で、青年たちのパーティーに新たな仲間が加わったのだった。

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