第31話

 四人と一匹は簡単な自己紹介を終え、焚き火を消して行動を開始することにした。


「いやぁ……まさか『竜族』の仲間がいるなんて恐れ入ったよ。初めて見たんだ、

本物のドラゴンなんて。実に高潔な種族と聞くが、絶滅したとばかり聞かされていてね。ハッハッハ、なかなかに凄いパーティーになったもんだ。失われし種族とまで言われている高貴たる存在の『竜族』に、『狼人』のハーフの可愛いお嬢さんと、見目麗しき素敵なお嬢さん、そして美しき高潔な美青年と、帽子が特徴的な田舎者」

「ジッパよ、お主は帽子が特徴的な田舎者らしいぞ、くくッ、嗤っても良いか?」


 クリムは満足そうに帽子の上で嗤い、ジッパの後頭部を尻尾でぺしんと叩いた。


「なんだか悪意を感じる紹介の仕方だなあ……ま、別にいいけどさー」

「そんなことはないだろ……田舎者にもその人にしか出せない雰囲気という者が感じられるからね。ふん……そうだな、あんたからは実に良い土草の匂いがプンプンするよ」

「いや言い直してるみたいだけど、それ何も変わってなくない?」


 ジッパの鋭い指摘を無視するようにカイネルは話を変える。


「二次試験の内容で求められるのはおそらくダンジョンを探知、発見するための冒険家としての探索能力だろうと、ずばり予想するね」


 カイネルは外套をばさりと翻し、傷だらけの《革腕(レザーアーム)》を露わにさせる。


「……カイネルは機械弓を扱うんだね」


 ジッパはカイネルの外套に付けられているバッジを確認すると、そう告げた。


「ああ、そうだとも、なんなら披露しようか? これで数々の乙女の心を射貫いてきたと言っても過言では無いさ。ラーナ嬢とコーラル嬢には上手くいかなかったようだけど……ハッハッハ」

「いや……そんなことは聞いてないんだけど……まあでもカイネルの意見には僕も賛同するほかないかな、ダンジョンの探索能力は、それだけで冒険家に必要な要素だからね」

「でも……どうやって探すの?」とコーラル。

「そうだね、本来であれば街の噂や伝説なんかの情報を頼りにする情報系探索と、自然界における生態系の崩れや、ちょっとした異変みたいなものを現場で実際に確認し、緻密に探し出していく自然界探索、それからダンジョンから溢れ出ている微量の“魔粒子”を感知して、見つけ出すっていう魔粒感知探索の三つが主に考えられるかな」

「“魔粒子”は目で見ることができないんだよね? どうやって感知すればいいの?」

「コーラルはまだダンジョンに潜ったことが無いからわからないかもしれないけど、“魔粒子”っていうのは肌で少し感じることくらいならできるんだよ。まあそれも人によってかなり個体差はあるし、感覚的な経験みたいなものも大いに関わってくるんだけどね。そうだなぁ……さっきボイバンさんの民家に入る前――かなり嫌な雰囲気を感じ取ったでしょ、あれは――“魔呑亜”に犯された人が微量な魔粒子を醸し出していたからなんだ」


 それを聞いたカイネルは、驚愕したようにジッパに詰め寄る。


「……ボイバンだって? あのボイバン・ルズドレアのことか? 『心許ない爪元』創始者の」

「あれ? その名前……どこかで……」


 どうやらコーラルも聞き覚えがあるようで、頭を抱えていた。その名は、パール姫からの依頼である、《緋色の泪雫》の入手を目標とする自分たちと同じ志を持った非合法の不思議アイテム密売組織である。もはや密売には留まらず、今回に至っては世界の命運すら握ろうと考えている節もあるのだ。そんな組織の創始者だって? 青年の疑念は深まるばかりだった。


「たしか今は何処かの山奥で隠居生活をしてるって噂だが……そのボイバンがオレの知るボイバンであれば、その情報は間違いないはずさ。奴はとんでもない大罪人さ、いや、偽善者と言っても良いんだろうね」


 カイネルは少し口調を強めながら語った。


「数十年昔に冒険家協会と対立し、多くの冒険家たちを虐殺し、二十の王国が管理する重要な不思議アイテムの多くを奪い去ったのは有名な話じゃないか。『心許ない爪元』を立ち上げて数年後には、突然罪の意識が芽生え始めたのか、当人は隠居の身……だったはずさ。冒険家協会からも、『心許ない爪元』からも見放されたとんでもない奴さ、本当に知らないのか?」


 カイネルは目を疑ったようにジッパを見据える。青年はあの老人が別れ際になって告げた言葉が気になっていた。顎を撫でながら考えていると、異を唱えたのはコーラルだった。


「そんな人じゃ無いよ、おじいさんは! とってもしわくちゃでいい人なんだから! あんまり人のことを悪く言ったらダメだよ? カイネルくん!」

(またしわくちゃって言わなかった? それは悪くないの?)と、ジッパは心で思った。

「ああ、コーラル嬢……貴女の心はあまりにも広く、美しすぎる……、埃一つ無い宝石の原石のような貴女の心にはきっと悪人の内面など、ちらつきもしないのだろう……。ああ、素晴らしい。素敵すぎるよコーラル嬢……是非ともその綺麗なお膝にキスしたい」

「ち、ちがっ、そんなことが言いたいんじゃ無くてね、わたしはただっ――」


 ジッパも意味合いは違えど、カイネルと同じ事を思っていた。


 コーラルは純粋すぎる。その心の素直さに、無垢な思考には悪意というものが

存在しない。きっと少しでも善人だと認定してしまうと、それがもうその人物の全貌だと、思い込んでしまうのだ。聖女のような心の広さと慈しみ精神だが、それ故にとても危険でもある――一方でジッパは違った。青年も素直でありながら優しく、人好きな性格をしているが、相手の内面を探ろうとする一面も持っている。元の思慮深い性格も相俟って、今の彼を構成しているといえるだろう。


 そして、青年は思う。自分が無垢なこの少女を支えてあげなければ、と。


(どうでもいいけど……なんで僕は呼び捨てなんだろう……カイネルはくん付けなのに)


 先ほどから感じている青年の内に溜まるもやもやは加速するばかりだった。


「…………ねぇ」


 自分の上着が下に引っ張られ、ジッパは膝を折ってラーナの目線の高さに合わせる。


「……ん、どうしたのラーナ」

「…………あったよ」


 ラーナは片手に分厚い本を持っており、それを開きながら、あらぬ方向を指差している。


「…………きっと、もう……近い」

「まさか君……『魔粒術士』なの?」

「…………そう……だよ?」


 当然のように返事を返したラーナの開かれた羊皮紙の表面にはいくつもの複雑な図形や構築式が記載されている。ジッパにはその内容を全く理解出来なかったが、彼女の持つアイテムが《魔粒本(マステリブック)》であることと、そこに記載されている数々の計算式が魔粒子の構造理解に必要不可欠である、“魔粒式”であることは明らかだった。


「ラーナ、じゃあ君は、魔粒感知探索を“魔粒式”をもってやったっていうの?」

「…………そう。とてもかんたん。この場に流れているますてりの……のうどの高さを、ただすう式におきかえているだけ。それでダンジョンの入り口をもとめられる。……ただ、ますてりのいんがぶんかいと、ぎょうしゅくとうけつ法はひつようだよ?」

「へえ……考えてもみなかった、凄いな、そうか『魔粒術士』はダンジョンを“魔粒式”で探索することもできるのか! すごいなあ、ラーナは!」

「…………もっと、もっと……褒めると……いいよ」


 表情がほんの僅かではあるが動き、ぎゅっとジッパの身体に抱きついた。


「わわ、ラーナ? ほ、褒めるって? こ、こうかな……」


 ジッパは言われるがままに胸元辺りまで来ているぴょんと生えた狼耳を見つつ、銀色の癖髪を優しく撫でた。


「……やさしい……ジッパの手はきもちいい……これは……もう、どうにか、なるっ」


 なにやらぶるぶると何かを感じているらしいラーナは息を荒げながら、すりすりとジッパの服に鼻を擦りつける。


「あーっ!! ジッパがラーナちゃんをなでなでしてる! ずるい! わたしもまだできていないのに!」

「何だったらオレの頭で撫でる練習をしてみてはどうだろう、コーラル嬢。自慢じゃ無いが――いやむしろ自慢だが、オレの橙黄色の頭髪はさらさらなんだ。ほら、やってみようじゃないか、まずは挑戦することが全ての始まりなんだ。まずは手を乗せて左右に――」

「……なんだかまた騒がしくなったな、ジッパよ」


 クリムはジッパの頭の上で、今まで自分たちが二人で旅を続けてきていたことを思い返す。お互いの話し相手は一人しか居なかったのだ。それに比べ――今は……。


「ふふ……いいじゃないか、旅は道連れって言うじゃない。沢山のほうが僕は楽しいよ」


 騒がしくしながらやってきたコーラルとカイネルを交えて、四人と一匹はラーナの求めだした解答の先へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る