第6話

 渇いた砂壁でできた小さな独房で、小さな窓穴から月明かりを浴びながらジッパは足を壁に投げ出しながらぼやく。


「あぁ~こんな筈じゃ無かったのになあ、どうしてこうなっちゃったかな」


 独房には自分一人だけしかおらず、他には空の独房があるだけである。そんな罪で今時捕まる奴なんかいないと言われている気になる。それもそうだろう。自分は冒険家だと思っていたのに、王都では冒険家を名乗るためには何かの資格が必要だというのだから。それだけならまだしも所持するアイテムの一つひとつにまで資格を求める辺り、王都はやはり自分の性に合わないと感じる。田舎者で結構だ。


「あー……ほんと、今日は最悪だなあ」


 半分拗ねながら寝返りを打つ。身ぐるみを剥がされた挙げ句、自分が今まで入手してきた全てのアイテムを失ってしまったのだ。何もする気が起きないのも当然である。冒険家にとってアイテムとは、目的を遂行するための手段でもあり、その成果でもあるのだ。


「う、うぅ……」


 ただ黙っていると涙が滲んでくる。

 せっかく苦労して手に入れた数々のアイテムを理不尽に没収された上にこんな寂しい場所に一人だなんて、寂しがり屋のジッパには耐えられなかった。


「……何を泣いている、馬鹿者」


 月明かりが入ってくる小さな窓穴から聞き慣れた声がする。


「だって……僕らがどんだけ苦労したと思ってるのさ、幾つものダンジョンに潜って手に入れたアイテムを取られたんだよ、王国に。もうしばらくは何もする気が起きないよ」


 乱暴に投げ出された足は青年の放心した心を全身で体現している。


「うむ、我らの世界は狭すぎたのだ。もう少し早く王都へ向かうべきだった。世界では当たり前になっている制約さえ知らなかったとは、我も少し反省している」

「反省っていうか、アイツが何にも教えてくれないのがいけないんだよ」

「何か意図があったのかもしれん。お主が思っている以上に彼奴は聡明な奴だぞ」

 窓から独房の中に入り込むと、黒い翼を広げてクリムはベッドの上に着地した。

「……なんだよ、裏切り者の癖に……勝手に入ってくるなよ」

「くっくっく、そう怒るな。そこは謝罪しよう。だがお主が困惑しながら独房にぶち込まれる様は実に愉悦であったぞ」

「全然謝ってないし」

「そうは言ってもお主話し相手が居ないと夜も眠れない奴だろうが。だからこうして我がお主の失ったアイテムの一つを持ち帰って――」

「あっ! 《気紛れ道化師の帽子》だ!」


 ジッパは心ここに在らずだった表情をぱっと明るくさせて窓穴に置かれている被り慣れた帽子を手に取った。


「クリムありがとうー、もうホント愛してる」

「ふ、ふん。別に我はお前の喜ぶ顔が見たかったわけではない。謝罪のつもりで――」

「どうでも良いよそんなの、本当にありがとう。これだけでも帰ってきたの嬉しいよ」


 ジッパはにっこりと笑うとクリムの頭を撫でた。小竜はそれを嫌がることなくただ撫でられながらもぼやく。


「……思えば随分と遠いところまで来たな。彼奴を探すために」

「……そうだね。これが噂の“所持品全紛失(アイテムロスト)”って奴だ。はあ~……ダメだ、考えると挫けそうだよ。というか返してくれるのかな」

「さあな、だが彼奴もそんな経験の一つや二つあるのではないか。冒険家であるなら」


 一人と一匹は窓穴から青白く光る月を眺めながら、一夜を過ごした。




 翌日――たった一日で傷心は癒えることも無く、ジッパは怠惰にベッドで転びながらクリムの翼を弄くっていた。


「やめろ馬鹿者、饒舌なお主が朝から口を開かないと思えば我の高貴なる翼に触れるな」

「……だって、やることがないんだ。いいじゃん減るものでも無いんだろ」

「くっ……やめろ、擽っ……いい加減にしろ、お、怒るぞ!」

 クリムが丸っこい牙をむき出しにしたときと同時だった――。

「わぁー、すごーい! それってドラゴン?」


 突然独房の入り口から嬉々とした声色がジッパの耳に入る。


「……君は?」


 ジッパの双眸の先にはボロ布を頭から被った女が立っていた。鉄格子に手をかけてこちらに興味の眼差しを向けてきている。

 クリムはその視線から避けるように青年の背後に隠れると、小さな頭を恐る恐る出して女の様子を伺っている。


「…………」

「あれれ、驚かせちゃったかな、ゴメンね。そんなつもりは無かったの」

「あー、こいつは人見知りだからね。だいじょうぶだよ。突然で驚いただけ」


 ジッパは背に隠れた小さな相棒を撫でながら女に身体を向けた。


「どうしてこんな所に入っているの? あなたたちはどこからやって来たの」


 先に問い掛けをしたのはこちらだったはずだが、いつの間にか質問される側になっていた。ジッパは特に気にせずに淡々と説明した。


「僕は……突然姿を消した師匠を探すために山奥からやって来たんだ。……自分は冒険家だと思っていたんだけど……どうも違ってたらしくて。何か資格みたいな物が必要みたい。それで今まで手に入れたアイテムも全て没収されて上に投獄されちゃったってわけさ」

「資格……ふうん、そんな物が必要なんだ……。ということはあなたは冒険家じゃないのにダンジョンに潜っていたってこと?」

「まあ……そうなるのかな、自分では冒険家だと思ってたんだけどね」


 頬を掻きながらジッパは小さく溜息をつく。


「凄い! ダンジョンって一体どんな所? モンスターや罠がいっぱい合ったりするんでしょう? 危険じゃ無いの? 怖くない? “不思議アイテム”ってどんなの? あっ、もしかして持ってる? ちょっとだけ見せてほしいな!」


 好奇心の塊のような輝く青色の瞳は、ボロ布の下に隠れていようとも、鉄格子の向こう側からでもジッパを魅了するのにそう時間はかからなかった。まるで古代遺跡で発掘された未知の宝石のようだった。


「だから全部取られちゃったんだってば……あ、この帽子は……何でも無い」


 ジッパは膝に乗せているくたびれた帽子を一瞥してから言う。


「……探してるっていう師匠も冒険家なの?」

「……だと思ってたんだけどね、今となってはそれも怪しくなってきたよ」


 ジッパは新しい話相手を獲得すると、身を乗り出して生き生きとした表情をする。


「あ、ねえ聞いてくれるかい? ホントにダメな師匠でさ……会ったら言ってやりたいことが山ほどあるんだ。家を出るんならせめて手紙の一つでも寄越せとか、腐った食材を家の至る所に隠してたりするし、本は読んだら読みっぱなしだし。師匠の部屋はゴミ屋敷だよ。掃除してもしても次から次へと何か出てくるんだ。まるでお化け屋敷だよ、この前掃除したときなんか――」


 頭を抱えながら自らの師匠の悪態をつく真面目な弟子は、見知らぬ女に自分が今までされてきた仕打ちの数々を語った。


「あなた面白い人だねっ」


 女は愉快な顔で、口元を押さえてくすりと笑った。


「そうかな、あまり言われたこと無いけど」


 青年は少し照れる素振りをすると、未だ正体不明の謎の女を見上げる。


「君は? 君は一体何者なの」


 ジッパの自然な問いかけに女は少し言葉を詰まらせるが、口を開いた。


「わたしは……冒険家になりたいの」女は汚れた布から見せる綺麗な白い手握りながら、「ファスナル・エトワールって冒険家……知ってる?」

「……あー、有名だよね、旅の途中で何回か耳にしたよ。伝説の冒険家なんだとか」


 ――ファスナル・エトワール。生きた伝説と証される彼の功績は一つや二つでは無い。齢十二になることには既に《冒険家の証》を取得しており、現代に至るまで、ローグライグリムの【イントラへヴン】、【アウターヘル】問わずに七百ものダンジョンを発見し、攻略してきたと云われる冒険家である。


「ファスナルはわたしの憧れなの。それに……」

「それに?」

「ううん、何でも無い、あなたたちもこれから冒険家を目指すなら、わたしと一緒だね、一緒に冒険家になれたらいいね、一緒に頑張ろうね! そしたら、また会えるかもね、なんだかそんな気がするよ」


 女は両手をぐっと拳を握って声を張り上げると、手を振って去って行った。


「憧れ……ねえ」


 ジッパは遠くを見るような瞳で身体をベッドに預けると、大きな溜息をついた。


「……あっ、あの子の名前聞くの忘れちゃった」

「なんだ、好みの娘だったのか」


 姿を現したクリムが興味深そうにジッパの顔色を伺う。


「……そうだなあ、とても綺麗な瞳をしていたよ、顔はよく見えなかったけどね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る