◆第二章 何者かの懇願

第5話

 砂の国――サンドライト王国。


 【イントラへヴン】には二十の大国が存在し、その中で最も西の果てにあり、サンドライト城を中心に、大きな円を描くように城下町が周辺に建ち並んでいる。


 サンドライト王国付近にのみ広がる小さな【金砂漠】で採取できる《金の砂》は、陽の光を浴びると金色に輝くとされ、王国外で高値で取引される。


 季候は常に暖かく、空気は常に乾燥していて雨は降らず、紺碧の空と砂の国と云われる由縁である。


 一方で、巷では太古の昔から砂の王国の地下にもう一つの国が眠っていると噂され、この王国に伝えられる伝説とされている。


 また、他種族に対する偏見も他の大国と比べると少しだけ理解のある国といえるだろう。


「うっわ、これもか。よくもまあこんなに隠し持ってやがったな」

「確かに……これはおかしな量ですね」


 二人の衛兵は山のように膨れあがるアイテム群に手を突っ込んでは峻別するようにいくつかの塊に分けていく作業に没頭していた。


「ああ……それはそんなに乱暴に扱わないで……あぁ、だめです、それは触らないで」


 気が気でないジッパは手を震わせながら衛兵たちが手に持つ一つひとつのアイテムの取扱方を説明しながら冷や汗を流している。


 ジッパがやって来たのはサンドライト城の犯罪者が入れられる監獄施設で有り、独房に入れられる前に身ぐるみを剥がされる。まさに今、その最中というわけである。


「しかしおかしくねえか? この鞄にこれだけのアイテムが入っていたってのか? あり得ねえだろ、アイテムの体積が鞄より明らかに大きいんだぞ」


 不真面目そうな衛兵は眉を顰めながらアイテムの山を見下ろす。


「あはは……無理矢理詰め込んでみました」

「無茶を言うな」


 クリムがジッパの服の中に身を隠しながら言う。


「……だって……あの鞄まで““不思議アイテム””だって事がバレたら押収されちゃうかも知れないじゃん。あれだけはどうしても失うわけにはいかないよ」


《異界への鞄》その鞄の中身は異界へと続いていると云われている。鞄の口から入れられる大きさの物であれば、無制限に何でも放り込むことが出来る。他者が鞄の中身を覗いても中身は空っぽな鞄にしか見えないが、持ち主は鞄の中に入れたアイテムを念じることで異界から取り出すことができる。しかし、放り込んだアイテムのことを忘れてしまうと、永遠に取り出すことはできず、所在も確認できなくなってしまう。


「……全部出せよ。まだなんか隠してるだろ。鞄の中身は全てだ」


 不真面目そうなわりにやけに鋭い衛兵はジッパを凝視する。


「いやー……もう何にも無いんですけどねえ」

「嘘つけ。これダンジョンで拾ってきた“不思議アイテム”だろ? この鞄からこんだけのアイテムが出てくることがもうそうだと言ってるようなもんだぜ。というかお前“専門所持資格”はちゃんと持ってるのか? 持ってないと出獄したってこのアイテムたちはお前の元へは戻らないぜ」

「いや……その辺が全然わかんないっていうか……冒険家になるのにも、アイテムを所持するのも、資格が必要だなんてこと知らなかったんですよ。ホントですよ、僕の師匠はそんなこと教えてくれなかった」

「……師匠がどうかは知らんがな……さっさと帽子も脱げ、そんで鞄もよこせ」

「この帽子が無いと落ち着かなくて……夜も眠れな――」

「お前……うるせえな」


 ジッパは渋々くたびれた帽子を脱いで、不真面目そうな衛兵に手渡す。


「悪いがこれも規則なもんでね。どんな物かわからないからな……しかし“地図無しの冒険家”の癖によくこれだけのアイテムを集められたな。プロの中堅クラスの冒険家でもここまで集めてないぜ。正直初めてだよ、お前みたいな奴。なんで冒険家の資格を取らないんだ?」

「だからホントに知らなかったんですってば!」

「ああ、そういうことにしてるんだったな。もうわかったから、しばらく独房行ってろ」


 まるで信じていない衛兵は、ジッパを押さえながら独房へと連れて行こうと肩を掴むと――衛兵を止める声が背後から聞こえた。


「何者だ、罪状は」


 真っ赤なマントを翻し、男は近づいてくる。やたらに筋肉質な身体の上には分厚い甲冑が施されており、整った口ひげに黒髪短髪の男は、つり上がった目でジッパを見据える。


 甲冑の男を見上げると真面目な方の衛兵がすらすらと喋り始めた。


「デイドラ隊長、《冒険家の証》の非所持にして、経営者の許可を取らず【個人のダンジョン】への不法侵入、及び数々の“不思議アイテム”を所持しておきながら専門所持資格を一つ持っていませんでした」

「……このアイテムの山がそうなのか? ……そんなバカな」

「俺もそう思うんすけどね、どうもホントの事みたいですぜ、隊長」


 不真面目そうな衛兵は手を上げながら隊長と呼ばれる男に告げた。

 デイドラは唖然とした表情で、もう一度ジッパを見つめる。


「ふむ、貴様……」

「は、はい……」


 熊のような威圧感でデイドラは縮こまった涙目の青年を凝視していると――背後から小鳥の鳴き声のような女の高い声がジッパの耳まで届いた。


「デイドラ、何をしているのですか……行きますわよ」

「……ヴァレンティーナか、わかっている。直ぐに行く」


 ヴァレンティーナと呼ばれた女は、赤のロングスカートに露出多めの軽鎧を纏い、美麗な白い肌は陽の光に反射している。腰には一本の剣を差してあり、それだけが彼女の美しさに異彩を放っていた。


 風に靡いているクリーム色のロングヘアは、慎ましく側面から後頭部へと流れ、丁寧に編み込まれている。


「罪人ですか。珍しいですわね」

「どうせ世間知らずな田舎者だろう……三日ほど独房へ入れておけ」

「はい、わかりました」


 デイドラとヴァレンティーナはジッパから目を反らすと、目前にある大きな城に赴き、ジッパは身ぐるみを剥がされ、ボロ布を着せられるとそのまま独房へと入れ込まれた。

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