第4話

「まったく、酷い目に遭ったよー。まだ気持ち悪い……」


 ダンジョンの入り口で正午の日差しを全身で浴びながら、ジッパは大きく伸びをした。


 最深部でダンジョンの主を倒すと、“魔粒子の渦”が創られる。普段目に見ることのできないその渦に触れると、ダンジョンの入り口まで吹き飛ばされるのだ。


「“魔粒子の渦”に触れた瞬間、辺りは眩い光に包まれ、気がついたらダンジョンの入り口に立っていた」という表現は、冒険家の間で使われることが多い。


「おかげでモンスターに変身することのできるアイテムを入手できたではないか。希少な物なのだろう? 実に喜ばしいではないか」

「まあそうなんだけどさ……」


 先ほどダンジョンの主を倒して入手した《怪物変化の指輪》は、事前に倒したモンスターに変化することができる代物だった。変身後は、モンスターの姿になってしまうため、体格が違いすぎることで距離感がおかしくなり、身を構成する“魔粒子”に激しく酔い、気分が悪くなってしまうのだ。


 ダンジョンから抜け出た報酬だと言わんばかりにしばらく涼しい空気を肺の中に取り込んでいる最中、白髪頭の男がこちらへ近づいてきた。


「何だいあんたは、困るよ、勝手に【夢と希望のダンジョン】に入ってもらっちゃ」

「【夢と希望のダンジョン】? なんですかそれ」


 ジッパは素っ頓狂な顔と声で、白髪頭の男に質問する。


「な、名前は何だっていいだろう。それよりどうして俺のダンジョンに許可も無く潜っているんだって聞いてるんだよ、俺は」


 白髪頭の男は少し照れくさそうに頬を掻きながらジッパを詰める。


「俺のダンジョン? 許可……ん?」


 再びジッパは頭を傾けて真剣に思い悩む。


「はあ? 【個人のダンジョン】に決まってるだろうが、何言ってんだよ、あんた。まさかわざとそんなこと言ってるのか。まあ個人経営のダンジョンだし、無法地帯なことも多いから無断で潜っていく奴らも少なくは無いが、経営者の俺が目撃したからには黙って返すわけには行かないぜ」


 何やら自分たちは悪いことをしているらしいということは感づき始めたジッパだったが、一体何が悪いのか全くわからない。


「まあ、今後のことについてはサンドライトの衛兵様を交えて考えるとして……じゃ、はい。さっさとアレ出して」


 白髪頭の男は掌を開くと、そのまま何か渡せとでも言いたげな表情で帽子の青年を見据える。ジッパはそれで一つピンときた。


「……あの、僕……こ、これだけしか……」


 ジッパの手から渋々白髪の男の掌に落とされたのは銀貨三枚だった。


「は?」

「ああっ、すいません、実は銀貨があと三枚、銅貨もまだ少しあります。嘘ついてごめんなさい、でも全部取られちゃうと本当に無一文になっちゃうんです」

「金じゃねえ。《冒険家の証(アドベンドバッジ)》をさっさと出せって言ってんだ」文句を言いながら白髪の男は握った銀貨を懐にしまい込む。

「《冒険家の証》……?」


 ぽかんとした顔のまま表情が固まるジッパ。白髪の男は苛つきながら身体を揺する。


「そうだよ、何だい、お前さんは冒険家じゃねえっていうのかい」

「え? いや、あの……冒険家ですけど……」

「じゃあさっさとバッジを見せてくれよ、冒険家の身分証明で必需品だろうが」

「バッジ……? え?」

「何でそんな反応になるんだよ、おいおい、嘘だろ……あんたバッジも知らないのか?」


 頭を抱える白髪男の男。ジッパは問われている理由が全くわからずといった具合に、ぽかんとしている。一方クリムは男から姿を見つからないように、背の鞄の辺りで身を隠していた。


「よくわからんがこのことは衛兵に鳩を飛ばすぞ、それでいいな」

「えぇ、ちょっと待ってください。よくわからないです、バッジ持ってないといけないんですか? あとお金返してください、泥棒ですよ!」

「その台詞が出てくる時点であんたは独房行きな気がするがね……まあ、後は国に任せることにすることにした……それに泥棒はお前だ。中でアイテムを拾ったろう。許可も取らずに不法侵入、挙げ句の果てにアイテム強奪して何食わぬ顔で出てくるとは。最近の盗人はこんなんばっかなのか?」

「泥棒? 違いますよ、僕は冒険家です、間違いなく」


 白髪頭の男はかわいそうな物を見るようにジッパに目をやる。――やがてそこにやって来たのは、ふわふわした黄金の羽に覆われた、乗用鳥のプーレに乗ったサンドライト王国の衛兵たちだった。


「どうしました」


 真面目そうな表情の男がプーレの嘴まで伸びる手綱を引き、言い合いを続けている二人の間に割り込んだ。


「おお、衛兵さん、丁度良いところに。聞いてくれ。こいつ冒険家でもないのに俺のダンジョンに入りやがったんだ。ほれこれは俺の証書だ。見てくれ」


 白髪頭の男は高級そうな額に入れられた何やら記載されている証書を二人の衛兵に見せると、二つの首は納得したように頷いて、次にジッパを凝視した。帽子の青年は焦ったように下を俯く。


「……では貴方は《冒険家の証》を提示願えますか」

「…………な、無いです」

「……では、ご同行願えますか」

「えぇ……なんで」

「じゃあな、兄ちゃん。れっきとした冒険家になったらまた俺のダンジョンに入れてやるからよ。元気だしな」


 白髪頭の男はにたりと笑ってジッパの肩を叩いた。


(れっきとした……?)


 サンドライト王国の衛兵二人に拘束され、黄金色の鳥、プーレに乗り込む。


 ふわりとした大きな体躯に生えている黄金色の羽は毛布よりも余程柔らかく、温かい。


 背骨がとても頑丈に発達しており、その大きな背には大人二人乗っても、平気なほどだ。


 プーレは鳥類に分類されるが、その大きな羽は退化しており、空を飛翔することはできないが、筋肉質で長い足と、鋭い三本の鉤爪で大地を駆け回ることに特化している。


 また、頭も鳥にしては大きく幅広の嘴を持っている。真珠のように綺麗な青色の瞳や、その愛くるしい外見、人懐こい性格からは子供から大人まで愛好家は多い。


 ジッパも幼い頃に幾度か乗ったことがあった。

 プーレの上に跨がりながら、青年は隠れていたクリムに密かに声をかける。


「ちょっとクリム、なんでずっと黙ってるのさ。どうして僕が捕まらないといけないの」

「ふむ……彼奴らの会話の内容からどうも冒険家を名乗るには何かしらの物が必要らしいな。王都に降りもせずずっと山奥で暮らしてた我らが知るはずも無いだろう」


 クリムは鞄と背中の間から首だけ出してそう囁く。


「王国にでも着けば何かわかるのではないか。気長に行こうではないか」


 最後にそう呟くとクリムはあくびをして、翼を畳むと、小動物のように寝息を立てた。


「もう、脳天気め。……って言ってる僕も眠くなってきちゃったな、ふぁあ~」


 プーレを走らせる衛兵の後ろでジッパ大きくあくびをし、目を閉じる。


「えらく脳天気だな、あんた。自分が何をしたかわかっていないのか」


 先ほどの真面目そうな中年の衛兵とは異なり、ジッパの前の衛兵は無精髭を生やした、どことなく不真面目そうな雰囲気を感じる男だった。


「あ、そうですね……わかって……ないです」


 自分は冒険家だ。絶対にそうだとジッパは自負している。

 山奥に寂しく建っている家にたった一人の弟を残して出てきたのには理由がある。突如として居なくなった自分の師匠を探すためだ。


 冒険家である師匠は家に居ないことは多かったが、ここ数年はまともに姿さえ見ていない。そんな彼を探すためにジッパは長い旅をしてきた。家を出る決意をした瞬間から、自分は冒険家になっているものだと思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。


(どうして教えてくれなかったかな……)


 これから向かう砂の国と名高いサンドライト王国で、師匠のことや自分の知らない冒険家についても何かわかるかも知れない。――ジッパはきつく絞められた手首の縄に触れながら、未だ見ぬ王国に少しだけ心が躍っていた。

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