第3話
ジッパは前方の敵が距離を詰めてくるのを気にしながら、背中の鞄に手を入れる。彼は目を閉じると、しばらくして手を引き抜く。
目前まで迫ってきた緑の大男は、まともに打撃を受けてしまえば軽度の怪我では済みそうにない――その醜悪な棍棒をジッパの頭上に振り上げて――。
――一振り。
「うわっ!」
叩きつけられた地面はひとたまりではない。悲鳴にも似た大地の咆哮は、砕かれた石つぶてを飛散させ、ジッパの耳に大きな不快感を与えた。
「あぁ……キーンってなった……うぅ、耳がヘンになるからほんとそれやめて欲しいよ、これ治るの結構時間かかるんだよ? そりゃ君は気持ちがいいのかも知れないけど僕が同じ立場でも絶対にやらないよ。何故なら――」
間一髪で巨人の攻撃を躱すことに成功したジッパは、尻餅を付きながら呟く。
「これ、止め。お主は何故いつもダンジョンの主に突然喋りかけ始めるのだ、モンスターを話術で戦意喪失でもさせるつもりか? 無駄だといつも言っているだろうが。モンスターに言葉など通用せん」と、クリムは小さな翼でジッパの帽子をぺしんと叩く。
「ちょっとお喋りしただけじゃないか、今まで出会ってこなかっただけで実は喋るモンスターだっているかも知れないでしょ。お互い痛いのは嫌だしさ、会話で解決できるんなら鼻から戦う必要なんか無いわけだし、もしかしたらアイテムだってタダでくれるかも知れないしさ。……そもそもなんで毎回ダンジョンの主はアイテム守ってるわけ? 僕はそこら辺が疑問で――」
「お主の喋り相手なら我がいつも聞いているだろう! いいから早く戦え馬鹿者!」
クリムの怒声が反響し、薄緑の巨漢は自身の攻撃が失敗に終わったことに気がついたらしく、地面にめり込んでいる棍棒を引っ剥がすと、重たい足取りでこちらへ駆けてくる。
「……ほんとあんなので潰されたら一巻の終わりだよ、ひえー、考えただけでも怖い!」
「我はな、今お主に《沈黙の薬》を飲ませることで頭がいっぱいだ」
ジッパとクリムの戯れ言には全く関心が無いのか、薄緑の巨漢は先ほどと同じような構えを取った。ジッパはそれをじっと観察するように片手に顎を乗せて、口を開く。
「……君は……まず、足が遅いよね。極端に」
再び振り下ろされる棍棒。ジッパはそれを軽々と躱して片手に持つアイテムを揺らしながら続ける。
「そのくせ動きも単調で自前の棍棒を振り降ろすだけしかしてこない。その攻撃に絶対的な自信を持っているのかもしれないけど、僕がもし君だったら、その自慢の怪力と体格を駆使することに一番脳味噌を使う気がするよ。自分から動くんじゃ無くて、相手を近寄らせる戦法。棍棒も振り下ろすより回転するように振り回した方がきっといいよ」
「……はあ、何を敵に助言しているんだお主は」
クリムが疲れたような溜息をついて細長い尾をうねうねと動かす。
「でも」
ジッパは持っていたフラスコを宙に放り投げ、片方の手で鞄から竜の鱗と爪で作られたロッドを取り出した。
「もしそういう戦い方だったとしても――」
ロッドを一振り振りすると、ジッパの背丈よりも伸び――宙に浮かぶフラスコを叩き割った。割れた破片と、中から飛散した液体がサイクロプスの弱点であるひとつ目に迸る。
「近寄らなければいいんだけどね」
サイクロプスの地響きにも似た悲鳴で辺りは怒号に包まれる。
太い腕でひとつ目を覆い隠すと、先ほどとは比較にならない速さで棍棒を所構わず乱暴に振り回した。
「おぉ……凄い迫力」
ジッパはサイクロプスから一歩引いたところで棍棒が暴れ回っているのを傍観している。
「何を呑気なことを言っている! さっさとトドメを刺せ!」
「やっぱりあの薬は自分が飲んで効力を得るよりもモンスターに投げつけるものだったのかな。なんだろう、酸かな? あー……でもそういえばサイクロプスってひとつ目に水をかけただけでも発狂するっていうよね。まだ経過がわかんない、ちょっと待って」
ジッパはサイクロプスの様子を注意深く観察するように目を懲らす。
――すると我に返った緑の巨人は、真っ赤に充血したひとつ目を開いた。
「あー……わかったかも。さっきのはきっと視覚を奪うためのアイテムなんだ! きっと今サイクロプスは目が見えてない。そうだな、さっきのは《暗闇の薬》とでも名付けようかな。自分が飲んでみた場合の検証ができてないけど」
「……お主はいつか大切なものを失いそうな気がしてならない」
クリムが小さな頭で大きな悩み抱えると、視覚を失ったらしい緑の怪物はひとつ目をきょろきょろと動かしては、何も無い虚空を睨んでいる。
聴覚は働いているらしく、ジッパの喋り声を頼りに視線を移動させては棍棒を振り下ろす行動を取っている。
ダンジョンで手に入れた““不思議アイテム””は、実際に使用してみるまでその効果は不明なことが多く、たとえ同じフラスコの形をしていても、内部に宿している怪奇な効力が全く同じとは限らない。すべては混ざり合った“魔粒子”による濃度の具合より、創造されるからだ。
「じゃあ次はこれかな」
続いて背中に背負った鞄にロッドをしまい、次にジッパが取り出したのは先ほど拾った《鈍色のねじ曲がった槍》であった。
ジッパは大きく見開いた瞳を光らせながら、その禍々しい雰囲気の槍を握る。
「……なんだか……飛べる気がするなあ」
片目を閉じて、ねじ曲がった矛先を凝視し、矛先を天に向ける。
経験の多い冒険家ほど、手に取ったアイテムを直感でどんな効力を持っているのか、わかってしまうことが多い。“魔粒子”の濃度が高すぎるアイテムほど、強力だが、実力の伴わない冒険家は“魔粒子”に呑まれてしまうことがあるのだ。
ジッパは鈍色の槍を上空に向けたまま、助走をつけて――大地を蹴った。
「おわっ、おおぉ――」
ジッパは槍に引っ張られるように宙に浮かび上がり、サイクロプスの頭上十メルラ付近で急停止すると、止まっていた時が動き出したようにそのまま垂直落下した。
――天からの稲妻のような一突き。
サイクロプスは脳天からの突然の攻撃に何をすることも無く、槍を突き刺され、その場に立ち尽くした。地面に矛先が深く突き刺された槍はもう引き抜くことはできず、彫像のようにモンスターと一体化してしまっている。
「うっ……なにこれ、全然抜けないよ。威力としては申し分無い反面、再使用ができない。きっとそういうアイテムだったんだろうね。名付けるなら……《天来一閃》とかどう?」
サイクロプスの彫像の上に座り込んでジッパは提案する。
「勿体なくはないか? 強いのだろう? もう使えないではないか」
質問してきたクリムにジッパは嬉しそうに口を開く。
「確かにもう使えないけど、こういうアイテムがあるって事がわかったじゃない。僕はそれだけで十分な収穫だったな。それに、いつまでも勿体ぶっていたらいざというときに使えなくなっちゃうよ。もちろん使いどころは見極めるべきだと思うけど、希少なアイテムほど使うのを敬遠しちゃうもんだよ。アイテムは使うために存在するんだから、使いたいと思ったときが使いどころだと僕は思うけどね」
彫像となったサイクロプスはその生命を終えた。全ての源である“魔粒子”で構成された躰は徐々に実態が無くなっていく。
やがて――その場には突き刺さった槍と小さな指輪だけが残った。
生命を終えたモンスターはダンジョンの“魔粒子”に戻る際、戻りきれずに残留した奇異の源が、形を宿され次第にアイテムになることがある。冒険家はそれを“ドロップアイテム”と呼ぶ。ダンジョンの主ほどになると、残留する“魔粒子”の濃度も濃いことが多いため、より希少な“レアアイテム”を落とすこともあると云われている。
ジッパは《何の変哲もない銀の指輪》を拾った。
「わくわくするなあ。たまらないよね、この瞬間」
「我にはわからん感覚だがな」
ジッパはそそくさと手にした指輪を嵌めてみると、身体が青白く発光し、変貌を遂げた。
「…………えっ」
「くっくっく、これは傑作だな」
ジッパは先ほどまで自分が戦っていた相手、醜い一つ目の戦士へと変わっていた。
「えぇー、なにこのアイテム! どーやって戻すんだろう」
「一生そのままでもいいのではないか? ダンジョンの主としてここで暮らすとかどうだ」
くつくつと笑いながら、クリムは小さな翼で自身の身体を空中に止めたまま、サイクロプスへと姿を変えたジッパを見下ろす。
「ずいぶん醜くなったな、ジッパよ。お似合いだぞ」
「だから違うって言ってるでしょうが!」
ダンジョン主不在の最深部には、人間が化けたサイクロプスの喚き声が反響していた。
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