第2話
「……いてて」
ジッパは打ち付けられた身体を起こすと、周辺を確認した。
どうやら上のフロアから落下してしまったらしい。しかし天井には穴は無く、元から何も無かったように塞がっていた。ジッパはそれをとても不思議に思う。
ダンジョンには“魔粒子”により形成された罠が無数に設けられており、それは奥へと進む者たちの行く手を阻むようにトラップが仕掛けられている。また、ダンジョン自体に不思議な力が働いていることも多々あり、それを冒険家たちは“ダンジョン特性”と呼ぶ。
ダンジョンは潜るたびに“魔粒子”によって自動生成されるため、同じダンジョンであっても、内部構造は潜る度に変化する。
「まったく……だから言ったのだ。ここ最近お主は注意力が散漫なのだ。アイテムを発見してへらへらしてる時なんか特にな」
「あはは、間違ってないかな。ごめんよ、変な慣れって怖いよね、落とし穴があるなんて全然予測してなかった。あー怖い、こんなんじゃころっと死んじゃうよ本当に」
「自覚しているのなら……それでよい。教えられただろう、どんなときでも五感は研ぎ澄ましていろ、とな」
「んー、そうだね」ジッパは上の空で返答し、辺りを見渡しながら、「ところでここ地下何階だろう、何処まで落ちたのかな」
「知らぬわ。彼奴にでも聞いてみたらどうだ、お主の友達の」
「ばっ、ちょっと、友達じゃ無いってば! 何勘違いしてんのさ」
ジッパは顔を少し赤くしながら言う。
「でも確かに《躁狂案内人形(ノイジー・ナビドール)》ならわかるかも。ちょっと呼んでみようか」
ジッパは背の鞄に手を突っ込むと目を瞑り――しばらくすると鞄から引き抜いた。その手には不気味な形状をしたボロ人形が握られている。
ジッパは、いつもするように指先を噛み、出血した血を人形に滲ませてから、自分の髪を一本抜いて首にリボン結びする。
床に倒れたままの人形は、少しすると自らの力で立ちあがり、糸で縫われた口をもごもご動かしながら、丸まった手で、ばしばしとジッパのレザーブーツを叩く。
「ああ、はいはい」とジッパはバランスを崩して転んだ人形の口糸を緩めてやる。
『――~ハッハー!! 百年ぶりだぜブラザー! やっぱりダンジョンの空気ってのは美味いってもんだよなあ、ハッハ―』
人語を話すボロ布の人形は、ボタンの目と綿が腸からはみ出た状態のまま、ちょこちょことジッパに親しげに歩み込んでくる。
「この前は一千年ぶりとか言ってたよ、久しぶりだねノイジー」
『そうだったのか!? まあ気にすんなよなブラザー! ハッハ―、酒でも飲むかおい』
「相変わらず喧しい奴だな」とクリムがボロ人形をうっとうしそうに一瞥する。
ジッパは膝を折って二頭身の小さな人形に問いかける。
「ノイジー、僕たちさっき落とし穴にハマっちゃって――」
『ハッハ―、たまんねえな! 落とし穴かよブラザー! 何やらかしちゃってんだよ本当によ! そんなもん酒でも飲むしかねえだろ、酒だよ酒、おい? いやいや無いんかいッ! とにかく今回は三百年ぶりの出会いに乾杯だろ? 酒も無いけどな、ハッハ―』
「乾杯かー、今度考えておくよ、でも落とし穴はホントやらかしたよ~、ハッハ―だよねホント。そのうち致死性のトラップでも踏んで死んじゃったらどうしようって思ってたところでさ――」
「ジッパ! さっさと此奴に用件を話せ! 場の空気に呑まれるんじゃない!」
クリムが耐えきれずに憤怒する。幾度となくこの場面に立ち会った者ならば、強く言ってしまうのも無理もないだろう。
「あ、そうだった。悪いけどノイジーお喋りするのはまた今度にしよう。今ね…………あれ、僕何話そうとしたんだったっけ」
頬を掻きながらジッパはボロ人形をじっと見つめる。
『……ブラザー。どうやらお別れハッハ―のときが来たようだぜ。オレの身体も大分汚れてきやがった。そろそろ洗ってくれると嬉しいぜ……ハッハ―』
「ノイジー……」
人形は首に巻かれたリボンを解くと、ぱたりとその場に倒れた。
「最近血を洗ってないから効力が短くなっちゃってるみたい。案内もせずに効力が切れるなんて……アイテムとしてどうなんだろう……」
「……一体何がしたかったかったのだ、お主は」
呆れを通り越して何かを悟ったような顔でクリムはジッパを見つめる。
「本当にね……《躁狂案内人形》使うといつもこんな感じになっている気がするよ。いつもあっちの話に乗せられちゃうんだよねー」
ジッパは床に落ちた人形を掴んで鞄に戻して廊下を歩いた。
「お主が彼奴とくだらない戯れ言を喋るからだろうが……はあ」
クリムは小さく溜息をつくと、それまでつぶらだった瞳をギロリと鋭く変化させる。
「ジッパよ。どうやらダンジョンの主が近いようだぞ。そろそろ最深部の筈だ」
「簡単だとは思ってたけど本当に短いダンジョンだったね」
「……おい。またそうやって余裕をこいていると痛い目を見るぞ。絶対に油断は禁物だ。主はそう簡単にはいかないぞ」
ダンジョン内で出現するモンスターは“魔粒子”の中でしか生きることが出来ない。
“魔粒子”によって創造されるアイテムと同じように、命を与えられているのだ。モンスターたちは意思を持ってダンジョンへの侵入者の排除を最優先事項とし、冒険家に襲いかかってくる。例え命尽きても“死ぬ”という概念は無く、自らを構成する“魔粒子”に分解されてダンジョン内を蔓延る奇異の源に帰って行くだけである。その為ダンジョン内からモンスターが絶滅する、という事はありえない。
そしてダンジョンは奥に進めば進むほど“魔粒子”の濃度が高くなっていく。低い場所よりも生成されるモンスターは強く、創造されるアイテムもより強力な物となる。
そんなダンジョンの最下層には、“ダンジョンの主”と、希少なアイテムが存在し、冒険家たちは皆、最下層への到達を目指しダンジョンに潜っている。
人間は“魔粒子”を肉眼で確認することは出来ないが、肌や雰囲気を感じ取ることは出来る。故に経験や知識のある者であれば、未知のアイテムやモンスターと出会ったとしても、“魔粒子”の濃度を感覚的に察知して、自分に取り扱える物かどうか、倒せるレベルのモンスターかどうかを感じることができるという。
続く廊下を真っ直ぐに進むと、やがて天井高めの広場に出た。まさに主の滞在場所にはうってつけの場所だろう。
「うわあ……サイクロプス系かあ。苦手なんだけどなあ」
ジッパは双眸の先に立ち尽くしている並外れた巨漢を一瞥する。薄緑色の肌色はむき出しで、毛も生えていない頭上には一つの角が生えている。特徴的なひとつ目はギョロリとこちらを向いている。この階層のダンジョン主である。
ジッパを敵だと判断したのか、緑の巨体は不均等な躰を揺らし、どすんどすんと地響きを立てながらこちらへと近づいてくる。その距離三十メルラほど。
ジッパの十倍以上の太さを持つ、その屈強そうな右腕には木製の棍棒が握られている。
「もう見るから脳味噌まで筋肉でできてそうだよね」
「喋っている暇があったら戦闘準備の一つでもしたらどうだ」
「そうだね。よし、じゃあさっきのアイテムたちを早速使ってみることにしようかな」
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