3


 *


 「ゆっきやこんこん」

 「あられやこんこん」


 雪はきらいじゃない。


 ただただ横浜では珍しいってだけでテンションが高くなる、オレの精神はガキ並みだ。否定はしない。


 「ふってもふっても、」


 なかなかつもらない。

 いまだってふってもふっても、かわいたアスファルトに消えてゆく。


 「つもんねぇかなぁ」


 パチパチおぼつかない街灯に浮かぶ薄汚いこの街も、雪に覆われちまえばいくらかましだろ。


 ボロアパートの階段を上がる。

 がしがし鍵をまわしてベニヤ板のドアを引く。

 「さっみ」

 手探りで台所の灯りをつけて、


 「うおぉぉお!」


 文字どおりとび上がった。

 薄暗い居間の奥に目を凝らす。だれもいないはずの部屋に、

 「なんだ、ネコか? え? どっから入った?」

 うずくまるちっこい生き物。

 「あ、」

 落ち着いて見ると、膝を抱えて震えているそれはどうやら、

 「なんだ、ガキかよ…」


 ふつうにニンゲンのガキだった。


 部屋に知らないガキがいることには慣れていた。

 親父がコロコロ変えるオンナの子どもを、おいていくからだ。やつらはいつの間にかきて、またいつの間にか居なくなっていて、オレもたいして気にしていなかった。


 「灯りくらいつけとけよ」

 乱暴にカバンを放り投げ居間の灯りをつけ、

 「おまえっ!」

 こんどはガキの格好にとび上がった。

 半袖シャツ一枚じゃねぇかバカじゃねぇの親なにしてんだよ!

 あわてて震える身体をさすってやる。体温が残ってない。思わず舌打ちがでる。

 押入をひっかきまわしてあるだけの毛布を引っ張りだす。ストーブをつけヤカンをのせて風呂を入れる。


 このクソ寒い日にガキ放置するとかバカだろ親父、そういやバカだったわ。


 「死ぬなよ?」

 毛布二枚をかけてやって布団も、と、その手がとまる。


 毛布の隙間からチラリ、ガキがこちらをうかがう。


 「ちょっとまてよ、おまえ…」


 くりくり栗色のぱっちりお目々。

 ふわりウェイヴがかかった亜麻色の髪。

 人形みたいな白いほっぺはマシュマロみたいに柔らかそうだ。


 女の子じゃんか、

 まだ小一かそこらか?


 「おまえ、かわいいな」

 こんな色白で丸い目は明らかに親父の子じゃねぇな、オンナの連子とやらか。


 「名前は?」


 まぁいい、オレが見つけたんだオレのもんだろ。


 「オレは、タカシ。天国の天、で、タカシ、な? おまえは?」


 くすねたポッキーをカバンから引っ張りだしてガキに差しだす。


 「名前、ないのかよ。じゃぁ、オレがつけてやるよ」


 きょうはいい日だ。


 テストヤバかったのも、

 タバコ没収されたのも、

 ムカつく標的に手こずったのも、

 ぜんぶ帳消しだ。


 「おまえの名前は、ゆき、雪、な? 白くてキレイでキヨくてタダしい」


 黒くてけがれた不純でワルいオレとは違う。


 「ラーメンつくるけど、とりあえずポッキー食うか?」


 まだ血のにおいが残るオレの手に、躊躇いなくチビの小さな、小さな手がのびる。思わず頬が緩む。


 雪独特の静寂にしゅんしゅん、ヤカンの立てる音が心地いい。


 石油の香りと炎の暖かさに、部屋は包まれてゆく。


 高二の冬、雪の日に天使が降ってきた。横浜田舎の片隅、飯場のオンボロアパートに。

 

 「オレはおまえのにいちゃんだ。よろしくな」

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