第3話 来栖の悶々

 犯人を突き止めてやる、と最初こそ意気込んだもののどこから調べてよいか来栖にはよく分からず、もう壁にぶち当たっていた。


「うぅ……どうしよ」


 昼過ぎに栗部に着いてから少し調べようとしたものの、中々上手くいかず気がついた頃にはもう夜。今日は宿が取ってあるというので、ここで明日を迎えるわけだが、明日からどうしようかと来栖の脳内では様々な不安や期待が、主に不安成分多めに流れていた。


「えーと。まずは情報集めでしょ。その後に……っていうか、情報集めってどうやればいいの」


 確か師匠は情報屋から情報を仕入れたり、警察から情報を盗んだり、不法侵入したり、たまには住民に聞き取り調査なども行うけど、そのほとんどが犯罪まがいのことだ。

 とても来栖には実行できそうにない。

 それに師匠は豊富な知識と経験から少ない情報でも答えに辿り着ける。師匠には「僕と一緒に仕事をしてきたんだから大丈夫だよ」と言われたが、肝心の『一緒にした仕事』で培ってきた経験というのは来栖には活かせないものばかりだ。

 

「あのクソ師匠……なにが『僕と仕事をしたあの経験はきっと助けになる』だ。ちっとも使えないじゃん。だめだめじゃん」


 部屋に備え付けられた机に突っ伏して来栖がため息をく。しかしいつまでもこうしてはいられないので気持ちを切り替える。


「よし!お風呂入りながら案出してこ」


 思いついたままに突然立ち上がって悩みを消し去るように言う。そして風呂場へと向かいながら「ふふん」と鼻を鳴らした。


「絶対にあのスカした師匠を驚かしてやる」


 そうして、来栖はまるで戦いに行くかのような心持で風呂場へと向かった。


 ◆


 次の日の朝。宿は朝食が付いていなかったので来栖と師匠は朝ごはん探しの旅に出た。旅に出た、とは言っても軽くどこか空いてる店を探している程度だ。まだ朝早いこともあってとても寒く、来栖はフードを深く被り直す。

 そしてそんな来栖を見て、師匠は僅かに笑みを浮かべていた。


「僕としては暑いよりも寒い方が好きだね。翡翠もそうだろう?」

「勝手に好みを語らないでください。それと勝手に私の好みを断定しないでください」

「あれれ、違ったか。でも翡翠は人が多いところだとフードそれを被らなくちゃいけないだろ? だから暑いのは嫌いだと思ったんだが、外れてしまったな」


 翡翠は自他ともに認める美少女だ。だが翡翠ほどにもなると美少女、という要素がメリットと同じくらいデメリットを生んでしまう。単純なものだと人攫いだったり、人の目を惹いてしまったり、集めてしまったり、後者は目立ちたがりの者だったら嬉しいことこの上なさそうなものだが、翡翠にとってはただ嫌なだけだ。

 故に人目に顔を晒さないように普段はフードで顔を隠している。

 しかし夏場にもなると暑くなってきてフードを被るのが億劫になる時がある。冷却魔術などを施した服を着るなどの対策はあるものの、それでも時に面倒さを感じる。それに暑さを対策できるとはいっても、ことには変わりない。

 だったら対策しなくてもいい冬の方が良いのではないかと、師匠は思っていたがどうやら違ったようだ。


「師匠。私が好きなのは冬ではなくて、ましてや夏でもありません。一番好きなのは秋です」


 ドヤ顔でそう言い放つ来栖に、師匠は困惑の表情を浮かべた。


「いやいや。今の話しの流れだと夏か冬かの二択で選ぶのが普通じゃん」

「話しの流れ? 師匠はいつまでそんなことに縛られてるんですか」

「いや、なんか僕が異端みたいに話を進めようとしてない? 良くないよそういうの。師匠だよ、僕」

「師匠ならこのぐらい、弟子の愛嬌として受け止めてください」

「愛嬌って、それ自分で――」

「言いますとも。私は可愛いので」

「いやそれは認めるけれどもさ。そういう問題じゃ……まあいいか」


 半場八つ当たりでもある昨日の恨みつらみを乗せた来栖の口撃。途中からはただ暴論を暴言に乗せて押し付けていただけだが、最後には師匠の口を閉じさせた来栖の勝利だ。昨日の借りを返すことができた来栖は上機嫌に「ふふん」と鼻歌を鳴らしながら、少し遠くにあった店を指さす。


「あそこで食べましょうよ、敗北者」

「……ん? あ、あそこね。分かった。じゃああそこにしようか」


 師匠は最後に聞こえた『敗北者』を自らの耳が聞き間違えたものとして強引に話しを進めた。


 ◆


 こじんまりとした喫茶店のような店内に座る来栖と師匠。まだ朝ということもあり店内には来栖たち以外におらず、角の席にいるため外からは見えにくい場所にいる。だからか、来栖はフードを外して朝ごはんが来るまでの時間を待っていた。

 また、来栖がフードを外したこともあって隠れていた顔がよく見えるようになり、朝に会った時は気がつかなかった来栖の変化も分かりやすく現れていた。隈はないし、やつれているということもないし、来栖は完璧な美少女のままだ。

 しかしそれなりに来栖と行動を共にしてきた師匠ならばその変化に気がつく。


「随分……疲れたような顔をしているようだけれど、何か面白いことでもあったかい?」

「そう見えます?」

「違うのかい?」

「そうですね。軽く寝不足です、あなたのせいで」

「その反応だと、大変だったみたいだね」

「ええ。大変でしたとも。だけどそれなりに情報は集められたと思いますよ」


 寝不足の代償として来栖はある程度のことを調べたり、計画を立てていた。浪費した時間分の自信があるのか、来栖は「ふふん」と軽く鼻を鳴らす。そして「まずですね」と言って来栖が自信ありげに話し始める。


「被害者の特徴ですが、これまで犠牲になった六名の全員が女性。さらに詳しく言うのならば子供を持つ母親です」


 来栖の言葉を聞いていた師匠が感心したような表情を浮かべた。その反応に対して来栖はさらに上機嫌に話す。


「犯人の人相は……ちょっと調べられなかったんですけど、背は普通ぐらいで、たぶん170センチほどらしいです」

「ほうほう」

「最初の事件が起きたのは今日を入れて6週間前。片丘かたおかってところが最初です」

「ふむふむ」

「そして今日は二日前、いや三日前に事件が起きたばかりの隣町、矢沢やざわに向かう予定です。そこでさらに情報を集める予定です」


 ふん、と自信満々に語り切った来栖に師匠は幾つかの質問を問いかける。


「いつどこでそんなこと調べたんだい?」

「夜ごはん食べた後、散歩するって言ったじゃないですか、あの時です」

「へぇ。あの短時間で、すごいね」

「そうですか。そう言ってくれると嬉しい反面、なんだかこう……ぞわぞわしますね」


 わざとらしく、来栖が身を震わせる。師匠はその姿を見ていつもの笑みを浮かべたままもう一つ質問を問いかける。


「確か矢沢に行く予定だったよね?」

「そうですが何かありましたか?」

「ここから矢沢は列車で行くことになると思うのだけれど、切符は買ったかい?」

「ふふ、だから今日は朝早くから集合したんじゃないですか。朝ごはん食べたぐらいで切符の発売時間ちょうどの予定です。それと多分、普通に行っても全然乗れると思うのでそこまで心配しなくもいいです」


 ちゃんとそこら辺のことを考えてきている用意周到な来栖は自信ありげに答える。そんな来栖に師匠は一息間を置いてから再度、質問を投げかけた。


「では、宿は取ったのかい?」

「宿って……矢沢のってことですか……?」

「調査して日帰りで帰るってのも面倒じゃないか、だから宿の予約は取ったのか、と思ってね。それに矢沢は温泉が有名な観光地としての側面もある。というより、一般の人たちはそっちが主だ。それに僕達には関係のないことだけど、世間一般では昨日、今日、明日が休みらしい。つまりは三連休だ。温泉を求めて観光客が矢沢に来ているってことも考えられないかい? すると予約を取るのが難しくなる」

「……あ、あ」

「僕は言ったよ。君にすべて任せると。それには当然、宿の予約も含まれる。失念してたかい?」


 師匠の問いかけに翡翠はぷるぷると身を震わせた。完璧な予定のはずだったのに、もう亀裂が入った。それに師匠を見返してやる、と意気込んだ昨日の今日、この失態は恥ずかしすぎる。

 だが露骨に悲しむ姿を師匠に見せるのも恥ずかしい。

 ここは気持ちを強引に切り替えて結果で失態を塗りつぶすしかない。


「師匠!朝ごはん食べ終わったらすぐに矢沢です!遅れないでください!」


 本来ならば矢沢についてからすぐに聞き取り調査などを行う予定だったが、ええい予定変更だ、と来栖がそう宣言した。

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