第2話 元々の仕事
五日後。国立魔術学院付属中学での一件を終えた来栖翡翠とろくでなしの師匠は元々受けていた案件の場所へと向かうため機関車に乗っていた。
「寒いですね……」
来栖が外の光景を眺めながらそんなことを言う。確かに、もう秋も終わり頃で冬になろうとしている季節だ。五日前まではまだ長袖一枚でも十分だったが、今はその上にもう一枚着ないと少し肌寒い。
機関車の中はストーブのおかげで暖かく、このおかげで寒さを感じないが外に出れば吹き付ける風が頬を撫でる。相応の寒さを感じるだろう。
「いやぁ。寒くなるのは一瞬だね。五日前までまだ暖かかったのに」
「ほんとですよ……」
静かな車内に二人の声が少し響く。とは言っても個室であるためあくまでも個室の中で響くだけだ。ただ通常ならば個室の外から話し声が聞こえてきても良さそうなものだが今日は無い。機関車の走る音だけが聞こえていた。
そんな心地よい揺れと音の中で翡翠は、窓側に座って外の光景を眺めていた。並び立つ山々や田園風景、そしてそれらは秋から冬へと移り変わることを教えてくれるかのように、葉の色が変わったり、枯れたり、刈り取られたりしている。
なんてことのない風景だ。歩いて見てみても何も思うことはないだろう。しかしこうして、機関車の窓から外を眺めてみると山々や木々が醸し出す情景に惹かれる。
やはり、『何を見るか』ではなく、見るときの場所と心の持ち用が一番大事なのかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら来栖は機関車に揺られる。
ガタゴトと小刻みに揺れて、踏み切りに近づくと
一方で来栖の師匠は次の仕事について少しばかりやることがあるようで本と睨み合っていた。
「そういえば次の仕事ってなんでしたっけ」
ふと、まだ次の仕事の内容を聞いていなかったと来栖が声をあげる。師匠は本を見たまま答えた。
「なんてことない殺人事件だよ。ただ被害者が多くて、犯人が見つかってないだけ」
「それ、普通に大きな事件じゃないですか」
「そうだよ。でもいつもとそこまで変わらないでしょ?」
「いつも、って、私はそこまでの事件に同行してないですよ」
「まあ、まだ半年だもんね。だけどこれからたくさんあるよ、こういうの」
「えぇ……勘弁してくださいよ」
「まあ大丈夫だよ。色々なことは教えたし、きっと役に立つはずさ」
「なんだか投げやりですね」
「いやいや、可愛い雛のようにしっかりと育ててるじゃないか」
「気持ち悪いですね、その表現」
「冗談だよ冗談。だからそう軽蔑の目で見ないでくれ」
師匠はわざとらしく本で顔を隠した。そんな師匠の姿を見て来栖はため息を
「その事件とやらは
「今のところ隔週で街ごとに一人ずつ殺されていてね。多分、一人による犯行だ。街から街へ、一人殺しては別の街、また一人殺しては別の街……ってのが一週間に一回の間隔で行われてる。最近で起きたのだとちょうど2日前だね。犠牲者は全員で6名」
「連続殺人ですか。冷却期間はちょうど一週間……今度はシリアルキラーでも相手にするんですか?」
「ほんと、絶対にヤバい奴だよ、犯人は。ひえぇー相手にしたくない」
怖がる素振りを見せる師匠。その姿を見ると緊張も不安も何故か自然と無くなる。
「また前みたいパパっと終わらせましょ」
「いやぁ。どうなるかなぁ」
「何かあるんですか?」
「前回は警察が味方してくれたけど、今回は完全な部外者だからねぇ。警察が協力してくれることはないだろうし、情報も貰えないかなぁ~」
「ということは依頼者は……」
「情報屋からの案件だよ」
「……やっぱりですか。なんで訳ありの仕事しか請けないんですか、この愚か者の師匠は」
「あ、また変な形容詞つけたな」
「はいはい。師匠師匠、これでいいんでしょ」
「そんな『はい』は一回ですって言われて『はいはい』って答える時みたいなことしなくていいから」
「はいはい、分かりました」
来栖が腹を立てて、へそまで曲げてしまったらもう何を言っても意味が無い。それを知っている師匠は「全く」とため息交じりに呟くだけだった。しかしちょうど目的地の街に着く頃だったので、荷物をまとめながら立ち上がる際に言う。
「僕の仕事に着いてきてやり方も分かってきた頃だろうし、今回の事件は翡翠に全部任せるよ。さすがにできるでしょ、今の君だったら。それじゃ、よろしく」
「え、あ、ちょ」
そう言い残し師匠はそそくさと部屋から出ていく。
一人残された来栖は師匠が出て行った部屋の外を睨みながら呟いた。
「言ってくれるわねあの愚鈍な師匠が」
そうして翡翠が立ち上がった時にちょうど、目的地である
◆
「へぇ。なんだかのどかな街ですね」
栗部についたばかりの来栖は周りに立ち並ぶ建物を見ながら呟く。地方の街だというのに人はそれなりにおり、栄えている。立ち並ぶ建物も日本様式のものでは無く、どちらかというと西洋のものに近い。レンガが敷き詰められた大通りが街中を縦断し、その周りに建物が並んでいる。そこをフードで素顔を隠して歩く美少女が一人。まるで映画でも始まりそうな雰囲気だ。
こんなにも和気藹々とした街で殺人事件が起きたとは到底思えない。それほどまでにゆったりとした、しかし活気のある街だった。
「本当にこの街で事件が起きたの」
来栖が隣にいた師匠に問いかける。師匠は事件のことや今が冬であることなど忘れているのか売っていたソフトクリームを食べながら歩いていた。少し前までは被っていたシルクハットの帽子は飽きたのかもう被っておらず、呑気な顔をしていた。
そして来栖の質問に対して全く違う、呑気な答えを返す。
「いいよね、冬は。ソフトクリームが全く溶けない」
そして「ふふ」と何が面白いのか師匠は笑った。そして続けて「寒い中で食べるソフトクリームも、なんだか新感覚で美味しいよ、翡翠。君も食べるかい?」と呑気に続けた。
来栖はプルプルと僅かに拳を震わせながらも街中ということもあって人目もあるので、根気強くもう一度質問をした。
「呑気な師匠。私、この街で本当に事件が起きたのかって、そう聞いてるんですけど」
質問としては少しばかりおかしいのかもしれない。だって事件が起きたから来栖たちがここにいるのであって、この質問はただの確認だ。だがただの確認を取るためだけにここまで労力を使わせたのは師匠の責任でもある。
返答も分かっているので、来栖は続けて返す返答を考えながら師匠の言葉を聞いた。
「いや、違うよ。ここ栗部では事件は起きてない」
「え、あ?」
予想とは違う答えに来栖が困惑の表情を浮かべる。
「ん、聞こえなかったかい? ここ栗部では殺人事件は起きていないよ。付近にある街でなら起きたけどね」
「え、じゃあ。私達は特に事件とは関係のないところにいるってことですか?」
「今のところはそうなるね」
「じゃあなんで師匠は栗部に来たんですか」
「なんで、と聞かれてもね。来る必要があった、としか言えないかな」
「……?」
「ほら翡翠、機関車で言ったじゃないか。『今回の事件は君に任せる』と。これはマジだよ」
機関車の中で、捨て台詞のように言われた『今回の事件は君に任せる』という旨の言葉。確かに翡翠はこの言葉を受けて今回の事件に対して積極的に取り組んで解決に当たる気持ちでいた。しかしそこには『師匠と一緒に』という言葉が前に付く。来栖は勝手に師匠の『すべてを任せる』という言葉を曲解して『師匠と一緒に』と履き違えていた。
師匠は言葉の通りに『すべてを来栖に任せる』つもりでいたが来栖は違った。このために師匠と来栖との会話に違和感が生じていた。その正体を突き止めた来栖は戸惑いながらも答える。
「じゃあ本当に私一人で全部をやらなくちゃいけないんですか」
「基本そうだね。だけど今日を入れてちょうど5日後。この日がタイムリミットだ。この日までに答えまでたどり着けなかったら僕が引き受けることにするよ。さすがに死人が出るのはマズイからね」
殺人鬼は一週間ごとに人を殺している。直近では二日前に殺されている。つまりは今日を入れて五日後の日に再度、殺人が行われる可能性が高い。だから五日後がタイムリミット。その日までに来栖が犯人にまでたどり着かなければならないということだ。
「じゃあこの五日間で情報集めも、犯人探しも、全部ってことですか」
「基本、そうなるね。少し大変だろうけど、今までやってきた事件よりかは随分と簡単な事件だよ、これは。この半年間、一緒に仕事をしてきたんだから分かるはず、そう思っての提案だ」
このぐらい一人で解けよ、と曲解してしまえばそう言っているようにも感じる。いきなり梯子を外されたような感覚だ。今までは二人で、それも師匠が主に考えて事件の解決に当たっていたというのに、突然一人で放り投げられた。
正直に言って不安である。
だが、師匠の期待に応えたいという気持ちと、負かしてやりたいという気持ちもある。
来栖は不安を心の奥底で抱えながらも師匠に啖呵を切った。
「いいでしょう。やってやりますよ、ええ、やってやりますよ。ぎゃふんと言わせてあげますよ」
「はっは。それはいいね。とてもいい」
師匠はいつもの嘲笑するような笑みでは無く、普通に笑っていた。そして笑いながら人差し指を立てて来栖に言う。
「なぜ僕が栗部に来たのか、これはヒントだよ」
「いいんですか、ヒントなんて与えちゃって」
「構わないよ、これぐらいは。答えに辿り着く過程の中で自然となぜ僕が栗部を選んだのか、自然と分かるはずだよ」
「つまりは栗部を答えが合っているかどうかを確かめるために使うってことですね」
「ビンゴ。良い線いってる」
栗部から逆算して犯人を導き出すのではなく、最終的な答えを出した時に栗部という地名、場所が解答に何らかの形で関わっていれば、その答えが正解であると分かる。
師匠はそう言いたいのだ。そして来栖にはその意図が伝わっており、師匠は満足気な顔を浮かべた。
「じゃあよろしく。僕は隣で見ているだけ、ここからは翡翠にすべて任せるよ」
「任されましたよ、師匠」
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