第6話 検証

「今回は、私と、こちらの来栖くるす一尉がアドバイザーとして参加させてもらいます。よろしくお願いします」

対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたい来栖くるすだ。よろしく」

 桜桃ゆすらに紹介された来栖くるすが、軽く会釈した。

 陸は、彼に見覚えがあった。研究施設に収容されてから初めて目覚めた時と、その後の取り調べの際にも、来栖くるすは同席していた。

 おそらく、陸とヤクモに接触した回数が多いという点による人選なのだろう。

 研究施設の清潔な廊下を歩きながら、桜桃ゆすらが口を開いた。

「昨日は、大掛かりな身体検査を受けられていたそうですね。お疲れだとは思いますけど……」

「まぁ、タダで人間ドックを受けられたと思えば」

 陸が言うと、桜桃ゆすらは感心した様子で頷いた。

「こんなに酷い状況なのに、風早かぜはやさんは、強いですね」

「いや、てっきり檻の中にでも入れられると思っていたから、思った以上に『人間』らしい扱いをされて、少し拍子抜けしてるくらいですよ。『話し相手』もいて、退屈しないし」

「それについては、花蜜はなみつさんに感謝したほうがいいぞ」

 戦闘員の来栖くるすが口を挟んだ。

冷泉れいぜい三佐は、当たり前みたいに、君を研究用の『怪異』を収容する檻に入れようとしていたんだ。それを、花蜜はなみつさんが『人としての自我が残っているのだから人として扱え』って食い下がってくれてな」

「そうなんですね。お陰で、想像してたよりも百倍は快適です。ありがとう、花蜜はなみつさん」

 陸が軽く頭を下げると、桜桃ゆすらかすかに頬を染めた。

「お礼を言われるほどのことでもないです……それに私は、『怪異』であっても、人を害さず、心を通わせられる者であれば、共存が可能だと思っているので」

 ――「怪異」と戦う人たちの中にも、色々な考え方の人がいるんだな。

 そんなことを思いつつ歩くうちに、陸は、第一実験室と表示されている扉の前に立っていた。

花蜜はなみつです。風早かぜはやさんを、お連れしました」

 インターフォンから桜桃ゆすらが呼びかけると、自動扉が音もなく開いた。

 実験室は思いの外広く、中では白衣姿の職員たちが忙しく動き回っている。

「では、早速始めましょう。『ヤクモ』を出してください」

 陸の顔を見るなり、室内で待ち構えていた様子の冷泉れいぜい真理奈まりなが言った。 

「ヤクモ、呼ばれてるよ」

 陸が声をかけると、ヤクモは、さも面倒くさそうに出てきた。

「何用だ。昨日は散々身体中を調べたであろう。まだ足りぬか」

「お前の能力や、どのようなことができるかをテストします。くれぐれも敵対的な行動を取らないように」

 ヤクモの横柄な態度にも動じることなく、真理奈は指示を出していく。

 彼女は、術師による「術」といった霊的な攻撃や銃による物理的な攻撃に対する耐性、筋力や身体能力の測定など、様々な面から、ヤクモの能力を探っているようだった。

 もっとも、握力や背筋力は測定用の機器が全て破壊されてしまい、測定不能という結果だけが残った。

「検査の結果を見た限り、風早かぜはやりくの身体は、細胞レベルでも普通の人間と何ら変わらない筈なのに、何故このようなことが起きるのか……まだまだ検証が必要です」

 真理奈が、タブレットに表示されているデータを難しい顔で見つめている。

「でも、『ヤクモ』は凄いですね。術や銃弾も防ぐ結界まで使えるなんて」

 桜桃ゆすらが言うと、ヤクモは自分の頭を指差しながら得意げに答えた。

「うむ。この小僧の記憶にあった『漫画』や『アニメ』とやらに出てきたものを参考にした。貴様らの言葉で言えば『バリア』である。われも、痛いのは好きではないゆえな」

「ええッ、能力って、そんな風に作れるものなのか?」

 陸が思わず呟くと、ヤクモは、ますます得意そうに言った。

「『いまじねーしょん』というやつであろうな。できると思えば、割と何とかなるようであるぞ」

「単にテキトーなだけのような気もするなぁ……」

「ぶ、無礼な……『はいすぺっく』とでも言われるべきであろう?」

 ふと、陸は周囲の目が自分たちに集中しているのに気付いた。

 同じ身体を通してやり取りしている陸とヤクモではあるが、傍から見れば一人で喋っている怪しい人物そのものだろう。

 その時、施設内に警告音が鳴り響き、直後にアナウンスが流れた。

「S区にて大型の『怪異』出現との一報あり、現場近くを哨戒しょうかい中の戦闘員が対応中! 出撃可能な隊員は援護に向かわれたし!」

 アナウンスに耳を傾けていた真理奈が、手元で何かのスイッチらしきものを操作した。すると、壁に嵌め込まれた大きなモニターに映像が映った。

 現場からの中継と思しき映像には、人の背丈の三倍はありそうな異形の「怪異」と「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」の戦闘員たちの交戦している様が映し出されている。

冷泉れいぜい三佐、俺も出るので、ちょっと抜けます」

 戦闘員の来栖くるすが言った。

「私も、現場に向かいます。来栖さん、傍に来てください」

 桜桃ゆすらは、そう言って懐から札を取り出し、何やら呪文を唱えた。

 札が淡く輝いたかと思うと、桜桃ゆすら来栖くるすの姿が虚空へ溶けるように消えた。どうやら、瞬間移動の術らしい。

「あの転移術も、せめて数十人単位で使えるようにしたいものですが……私も、指令室に行ってきます。あとは頼みます」

 そう言い残し、真理奈も実験室から出て行った。

「怪戦は、万年人手不足だからね。管轄がどうのシフトがどうのなんて言ってられないのさ」

 ヤクモの「テスト」を手伝っていた職員の一人が、ぽつりと言った。

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