第5話 一人で二人

 陸は、「怪異」として「処理」されるのを、とりあえずは免れることとなった。

 彼には、「収容部屋」として「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」に併設されている研究施設の一室があてがわれた。

「想像していたよりも、人間扱いだな」

 陸は備え付けのパイプベッドに腰掛け、天井に取り付けられた監視カメラを見上げながら、ひとちた。

 そこは、仮眠室の一つを簡易的にではあるが改装したもので、ベッドや小さなデスク、クローゼットの他にユニットバスなど寝起きするだけなら十分な程度の設備が整えられている。

 テレビと、インターネットに繋がったノートパソコンも置かれていて、外部の情報も得ることができた。

 ただし、インターネットの使用状況も常に監視されており、個人のアカウントを使用した通信は禁じられている。

 もちろん、勝手に部屋から出ることも許されず、食事も職員が三度三度運んでくるといった徹底ぶりだ。

「おい、小僧。ネットとやらを見たい。われと代わるのだ」

 陸の脳内に、声が響いた。彼に寄生している「怪異」のものだ。

「ネットが気に入ったみたいだね、ヤクモ」

 「怪異」は肉体を失った衝撃で自身についての記憶も失っていた為、「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」によって付けられたコードネームが、そのまま呼び名になっている。

 やや我儘わがまま気紛きまぐれではあるものの、ヤクモは意思疎通が可能であり、何もなければ普段は穏和で、陸から見る限り、「怪異」とは言っても危険は感じられなかった。

「あれは、居ながらにして、あらゆる情報を得られるからな」

 ヤクモの言葉と同時に、陸は自身の意識が身体の深いところに沈む感覚を覚えた。

 ノートパソコンを立ち上げ、鮮やかなタイピングから、ヤクモはグルメサイトを検索している。

「直接出向くことはできずとも、この店なら『つうしんはんばい』とやらが利用できるのか……」

「もう、そこまでできるようになったんだ?」

 体内から陸が話しかけると、ヤクモは得意そうに答えた。

「なに、貴様の脳内の記憶も利用しているから造作ないことだ」

「それって、俺の考えは筒抜けってこと?」

「表層の思考は分かるが、深い部分は、貴様たちの言い方をするならロックされているといったところだ。プライバシー保護も心配ないのである」

 ヤクモの言葉に、陸は、何とはなしに安堵した。

「そういえば、俺の近視が治ってるのも、ヤクモがやったのか?」

「近視? われが貴様の肉体を修復した際、正常な状態に戻ったのであろう。何か不都合でもあるのか?」

「いや、裸眼でも凄くよく見えるようになったし、おかげで顔が軽いや」

「そうか、感謝するがよい」

 得意げなヤクモの口調に、陸は思わず、くすりと笑った。

 陸の中に、この「独房」から逃亡するという選択肢はなかった。

 逃げ出せば敵対する意思があると見なされ、「処理」されてしまうのではないかと、彼は考えたのだ。

 それよりも、自分とヤクモが無害であることを証明できれば、「処理」される可能性は消えるのではないかという希望があった。

 と、部屋の出入り口に設置されているインターフォンが鳴った。

「客人か。面倒なのである。貴様が応対するがよかろう」

 ヤクモが言うと同時に、身体の主導権が陸に戻された。

「まったく、都合よく出たり引っ込んだり、フリーダムな奴だな」

 苦笑しながら陸が部屋の扉を開けると、そこには、術師の花蜜はなみつ桜桃ゆすらが立っていた。

 傍らには、「対怪異用」の自動小銃をたずさえた、戦闘服姿の大柄な男も控えている。三十歳前というところだろうか、身体つきはいかついが、顔だけを見れば涼し気な目元の二枚目だ。ある程度の経験を積んだ中堅といった雰囲気が感じられる。

「おはようございます。今日は、あなたと『ヤクモ』の能力について調べるということで、お迎えに来ました。実験室まで案内します」

「分かりました」

 当然、断る選択肢などあろう筈もなく、陸は桜桃ゆすらの言葉に頷いた。

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