第4話 宿りし者

「まり……冷泉れいぜいさん、私、気が付いたんですけど」

 はっとした表情で両手を小さく打ち合わせると、桜桃ゆすらが言った。

「暴れ回っていた時の風早かぜはやさんの目は赤く光っていたけど、今は黒くなっています。寄生している『怪異』が主導権を握っている時に、目が赤くなるのでは?」

「なるほど、言われてみれば……」

 言って、陸の顔をまじまじと見た真理奈の口元が、ぎょっとしたかのように引きつった。

 桜桃ゆすらや、傍に控えていた戦闘員や職員たちの顏からも血の気が引いている。

「目が……赤くなってる……」

 戦闘員の一人が、かすれた声で言った。

「……無礼な。われを誰だと思っておる」

 陸も、自身の口から、意思とは関係なく言葉が出ているのに気付いた。

「我は……むう、分からぬ。我は、何者なのだ」

 自分の身体が勝手に首を傾げている様を、陸は体内から奇妙な気分で眺めた。

「あなたは、風早かぜはやさんではないのですか?」

 いち早く反応したのは、桜桃ゆすらだった。

「……この小僧は、我のうつわに過ぎぬ。今の我は、肉の身体を失いしたまのみの存在……このうつわに縋らねばぬ……あな息衝いきづかし」

風早かぜはやさんの身体の中で、回復を待っているということですか?」

しかり。このうつわの寿命が尽きる頃には、力を取り戻せるであろう」

「お前は、何を企んでいるのです? どうせ、人に寄生して、我々に害をなすつもりでしょう?」

 我に返った様子の真理奈が問いかけた。

いなわれの望みは、力を取り戻すまで、このうつわの中でいこうことのみ……抵抗したのは、貴様らが襲いかかってきたゆえだ。それと、われが離れれば、このうつわは死ぬ……こやつが生きているのは、われが生命を維持する働きをしているゆえなのだからな」

 薄々感じていたことが決定事項になってしまった――やはり、自分は一度死んでいたのだと、陸は、もはや感情が整理できなくなっていた。

「――われは疲れた。あとは、この小僧に任せて寝るのである」

 「怪異」が言うと同時に、陸は身体の主導権が戻るのを感じた。

「……目の色が、黒に戻りましたね。あなたは、風早かぜはやさんですか?」

 陸の顔を覗き込んで、桜桃ゆすらが言った。

「は、はい……さっきの話だと、俺、もう『人間』には戻れないってことですよね……」

 彼は、俯いて目を伏せた。

「『怪異あれ』が表に出ている時も、意識はあったのですね。なるほど、たしかに興味深くはあります」

 真理奈が、顎に手を当てながら呟いた。

「あの『怪異』が、わざわざ出てきたということが、彼に害意の無い証拠だと思います。私たちを陥れるつもりであれば、ずっと人間のフリをする筈でしょう?」

 桜桃ゆすらが、同意を求めるように陸へ目を向けた。

「分かっています。コードネーム『ヤクモ』については、上層部から精査しろと指示が出ている以上、『処理』は保留です。私としては不本意ですが」

 真理奈が、肩を竦めて言った。

風早かぜはやりく、あなたには、これから私の管理下において『怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ』の施設内で過ごしてもらうことになります。厳しい行動制限と、職員による監視が付きますが、それでも、これは相当に寛大な措置と考えてください。細かいことは、追って伝えます」

 その身に起きたことを完全には飲み込めず、ぼんやりと真理奈の言葉を聞いていた陸だったが、ふと彼は、一つの気掛かりを思い出した。

「一つ、聞いていいですか」

 真理奈の、眼鏡の奥にある冷たい灰青色の目を見ながら、陸は問いかけた。

「何でしょうか」

「あの事故が起きた時、俺と一緒に、小学生くらいの男の子がいたと思うんだけど……その子は、どうなったんですか? 怪我をしていたみたいだったから……」

 陸の質問が思わぬものだったのか、彼女は、やや虚を突かれた様子だった。

「……その子なら、奇跡的に軽傷で済んだそうです」

「なら、良かった」

 真理奈の言葉を聞いて、陸は、安堵のため息をついた。

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2024年11月23日 07:00
2024年11月23日 18:00
2024年11月24日 07:00

一度死んだから後の人生はオマケです~こちら怪異戦略本部~ くまのこ @kumano-ko

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