第3話 尋問

 文字や紋様の描かれた札が壁のあちこちに貼られているのを除けば、この部屋は、刑事ドラマに登場する取調室に似ている――陸は、周囲を見回して思った。

「――あなたの状況については、今、話した通りです」

 固定された椅子の上に、金属の手錠や特殊素材製のベルトで何重にも拘束され、じっと座っている陸を冷たく見下ろしながら、白衣の女――真理奈が言った。彼女は、二十五歳の陸と変わらぬ年齢だと思われるが、三佐と呼ばれていたところからすると、かなりの権限を持つ人物と言えるだろう。

 周囲には、数人の武装した戦闘員と、真理奈と同様に白衣を着た職員、そして術師である桜桃ゆすらの姿もある。

 陸は、真理奈による説明を心の中で反芻はんすうした。

 ――乗っていたバスが怪異同士の争いに巻き込まれて大事故を起こし、俺の身体は到底助からない程に破壊されていて、一度は死亡判定を受けた。

 しかし、遺体安置所に置かれた俺の肉体は、いつの間にか完全に修復され、生命反応も戻っていた。その為、異常事態と判断した「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」により、この施設に運ばれた……こんなこと、信じられるもんか――

「これが、あなたが暴れているところを捉えた監視カメラの映像です」

 目の前のデスクに置かれたノートパソコンのモニターには、ベッドに似た台の上にガウン姿で横たわる陸の姿が映っている。

 そこへ、何かの作業をしようとしているのか、一人の白衣を着た職員が近付いた。

 途端に、ベッドの上の陸が開眼し、起き上がる。

 驚き慌てふためく職員の身体を片手で払いのけて立ち上がる自身の姿に、陸は戦慄した。

「たしかに俺だが……でも、こんなの、記憶にない……」

 モニターには、警報が鳴り響く中、武装した戦闘員たちが駆けつけ、陸と対峙している様が映し出されている。

 最初、戦闘員たちは格闘で陸を制圧しようとしたらしいが、近付いた者は、次々と彼に叩きのめされ、血糊と共に床へ這いつくばった。

「俺……この人たちを殺しちゃったのか……?」

 あまりに暴力的な自身の姿を目にした陸は、信じたくない思いで呟いた。

「負傷はしていますが、亡くなった方はいませんから、大丈夫ですよ」

 桜桃ゆすらの言葉に、彼は少し安堵した。

「――この時点で、あなたは『怪異』そのものに変化したと判定された為、コードネーム『ヤクモ』として、一旦は『処理』の決定が下されました」

 そう言うと、真理奈が小さくため息をついた。

「人間が『怪異』に寄生された例は過去にも見られました。寄生された人間は、人としての自我を失い、『怪異』そのものになってしまうというのが、これまでの定説です。しかし、あなたは、自我を残したまま――極めて稀な例ということで、上層部から精査しろとの指示がありました」

 真理奈は、ほんの少しだが忌々いまいましそうな表情で陸を見た。

「精査って、何をするんですか」

 陸は、恐る恐る尋ねた。

「身体を調べさせてもらったりとか、どんな能力を持っているかを調べさせてもらう感じですね」

 相手の不安を和らげるような微笑みを浮かべて、桜桃ゆすらが言った。

「別に、『怪異』を相手にオブラートに包む必要はありませんよ、花蜜はなみつさん」

 一瞬、ほっとした陸に冷や水を浴びせるが如く、真理奈が口を挟んだ。

「まず、そもそも本当に自我が残っているのかも怪しいです。『怪異』の中には、人間を騙す程度の知恵を持つ者は、幾らでもいるのですから。乗っ取った身体の記憶を読み取って、本人に成りすます可能性もあります」

「お、俺は、俺だよ……!」

「どうやって証明するのです? ――まぁ、大人しくしていれば、死ぬまで研究施設に監禁する程度で済みますよ。あれだけの再生能力があるなら、切り刻んでも平気でしょうし」

 真理奈の言葉に、陸は暗澹あんたんたる気持ちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る