第12話 さて、と。文化祭。

 「猫と過ごした時間は決して無駄にはならない」。

 この当然の真理をわざわざ言葉にしたのは、オーストリアの精神科医、フロイトだ。


 フロイトの夢診断には、そうか? と、つい懐疑的になってしまう私だが、この言葉は「フロイト、お前は分かっているじゃないか」。と、フロイトの肩を叩きたくなる。


 猫様と過ごす時間は、全てかけがえの無いもの。

 では、この美術部で過ごす今の時間はどうだろう。高校二年生の乙女が、一生のうちのほんの僅かな貴重な青春を過ごすのに相応しい時間であろうか。


 ま、いいけど。どうせ、他に何か予定があるでなし。そういう約束なんだから。

 シフト上、どうしても発生する時間だし。


 私がどうして、こう無駄な考察を始めたのか。その答えは明快である。

 暇なのだ。


 本日は文化祭当日。

 私は美術部の部室で、作品の管理をするために隅に置いた椅子に座っている。ひたすら座っている。

 暇なのだ。


 我思うゆえに我ありならば、何も考えずにここに座っている我は、果たして我足りうるのか。

 無我の境地におちいりたければ、ここに座っていれば良い。そろそろ解脱しそうだ。煩悩だらけだけれど。

 そう。暇なのだ。


 結局、新しい試みに失敗した我々は、蛍ちゃんには悪いけれども、大したことは出来なかった。

 観光地にあるような顔出し看板を作って、それを学校中に設置したのだ。

 猫耳少女、触手、アニメキャラクター、校長先生、マッチョボディビルダー。

 様々な絵を描いて、その顔の部分をくり抜いた。

 準備は大変だった。

 だが、当日は、ほら、こんな風に無我の境地。

 とことん暇だ。本でも持ってくれば良かった。


 まどかと楓は、まどかの家で文化祭終了までゲームをしているはずだ。

 流風先輩は、図書館で受験勉強かな。

 大滝は……どうだろう。

 どっかで焼きそばとか食べているのではないだろうか。

 めっちゃ暇だ。


 一時間。あと一時間したら、大滝と交代。

 澄華の吹奏楽部の演奏時間は、丁度その時に終わるはずだから、大滝と交代したら後は澄華と文化祭の出し物でも見て回って、ベンチでジュースでも飲んでいたら良いのだ。

 それまでは、すっごい暇だ。


 だって、誰も来ないんだもの。

 楽しい出し物盛りだくさんの文化祭、わざわざ三階奥の美術部の展示を観にくる客は、そう多くないのだ。

 静まり返っている。

 暇で暇でしょうがない。


 展示物。

 楓のミカンの静物画、流風先輩の去年描いた風景画。

 それに加えて、私の猫名画数点。

 大滝のテンテン点描、巨大昆虫精密画。


 中でも力作は、まどかのあれだろう。

 壁が裂け飛び出してくるように見える、半立体作品『触手君いらっしゃい』。

 

 よく出来ていると思う。

 あえて壁と同じ色に塗ったカンバスの真ん中に真っ黒な裂け目を描き、そこから紙粘土で作られた触手が取り付けられている。

 透明なレジンでヌラヌラとした粘液まで再現されて、今にも裂け目から触手の本体が現れてきそうだ。


 だが、見飽きた。暇なの。

 大滝早く来い。

 早く変わって。

 ここ、あり得ないくらいに暇だから。

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とりとめもないお話ときどき猫 ねこ沢ふたよ@書籍発売中 @futayo

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