第11話 最悪のロールシャッハテスト

 これ、ハリボテちゃんの猫拓が、ロールシャッハテストになっていたってことだろうか。

 ロールシャッハテストとは

 スイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハは考えた手法。

 インクの染みを見せて、それがどんな形に見えるかを被験者の問うことで、その思考傾向を知るというもの。


 この私には可愛い猫にしか見えないものが、人によっては、とんでもない物に見えるということであろうか。


「澄華、これ何に見える?」


 試しに聞いてみた。


「うーん。血痕? ほら、鈍器で殴られた後に飛んだ血しぶき的な?」

「いや、最悪の思考だな」


 澄華に聞いた私が馬鹿だった。

 この狂気の乙女が、まともな神経を持ち合わせている訳がないのだ。


 ……ということで、美術部の部室。

 私は、部員達の前にハリボテちゃんの猫拓を広げる。


「これ、何に見えますか?」


 流風先輩、まどか、楓。三人が絵を見つめる。


「アメーバ?」

「触手?」

「こぼれた水?」


 うん。猫という答えは、誰一人いない。

 ええ、そうかな。分からないかな……てか、そうよね。まどかの触手は、もうまどかだから放置するとして、こんなぐにゃぐにゃの絵を見て出てくる感想って、猫に見えないのであれば、その程度よね。

 「こぼれた水」と答えた楓の普通の感性が、すっごく眩しい。

 楓には、そのまま真っ直ぐに「こぼれた水」と答える感性のまま育ってほしい。


「じゃあ、何に見えたんだろう」


 私は、ノートを眺める。

 私には、もうこの絵が猫にしか見えないのよね。

 ほら、このびよんと伸びたところは尻尾だし。ここは前足で、このちょっと出たのは、後ろ足。


「先生は、何かヤバイものに見えたらしいのよね。何に見えたのかは教えてくれなかったんだけれども……」

「数学……最上先生ですよね?」

「そうなのよ。楓のクラスも最上先生?」

「いえ、でもあの先生、ウチのクラスの先生が風邪で休んだ時に来てました」


 そうなんだ。楓も知っている先生ならば、ちょっと話は早いかも。


「どうだった? どんなの連想しそう?」

「うーん。分かりませんが……ロールシャッハ的に考えて、これがやばい物に見えたならば、最上先生も、ヤバイ思考傾向にあるってことになるんでしょうか?」

「最上先生の思考傾向がヤバイ……まじか」

「え……先生可哀想」


 流風先輩が、勝手に生徒に思考傾向を推し量られる最上先生を憐れむ。

 いや、確かにそうだけれどもね。

 でも、気になるじゃない。


「いますよ。変態が」


 まどかが指差した方を、皆で一斉に見る。

 そこには、本日もテンテンテンテンと、点描を繰り広げる、青りんごな流行アーティストグループもびっくりな点描に青春を捧げる男がいた。


 大滝聡。

 

 確かに、あの広大な点描は、変態の領域だろう。

 いや……めちゃくちゃうまいんだけれどもね。


「変態の思考傾向は、変態にしか分からないでしょう」


 まどかが断言する。


「うわぁ……それは可哀想では……」


 何かを予感した流風先輩が、小さな悲鳴を上げる。

 でも……確かに、まどかの言う通りだ。

 うん。まだ大滝には聞いていいないし。ものは試しじゃない?


「ねえ!」


 私は、熱心にテンテンテンテン点描に勤しむ大滝に声を掛けた。

 面倒くさそうに、大滝がこちらへ目を向ける。


「これ! 何に見える?」


 私は、猫拓を大滝のほうへ掲げる。

 大滝の顔が瞬く間に真っ赤になる。


「うわ、何だよ! それ! 破廉恥な!」

「え、何? 何に見えているの?」

「言えるか! 変質者!」


 どうやら、大滝には破廉恥な物に見えているらしい。

 きっと、最上先生もそうだったのだろう。


 なに? 猫でしょ? 猫だよ? 猫なのよ? 猫だってば。

 

 結局、何に見えているのかは、分からなかった。

 分かったのは、ロールシャッハテストは、大変に危険だということ。

 不用意に、見えた物を発言すれば、性格疑われてしまう。


 よし、今後、この手の質問には、私は、全部猫と答えるようにしよう。

 

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