第10話 不発弾(宿題の落書き)

 提出した宿題は、いつか返ってくる。

 これは、どうにもならない真理だ。


 たとえ森の奥で木が音もなく倒れたとしても、いつか誰かが森の奥へと足を踏み入れれば、木が倒れたことを知るのだ。ヘイ、ジョージ・バークリー! 難しく考えなくっても簡単なことだろう?


 などと現実逃避している場合ではない。

 しでかした事実はかわらない。

 そこに楽しく描いた猫拓は存在し、先生に「これは何か」と、クラス全員の前で聞かれているのである。

 宿題の範囲の解答がことごとく中途半端に終わっている上に、一番しっかりと生き生きと描かれたライン。

 先生もさぞかし気になったことだろう。

 正に、森の奥(先生の机)で倒れた木(見つかった落書き)は、時が熟して明るみに出たのだ。


 最上哉太もがみかなた先生、数学教諭。四十……いくつだっけ? ともかく、四十代独身。

 最上先生に、糾弾されているのだ。

 いや、そこまで怒らなくってもっていうくらいに怒っている。

 先生、猫嫌いなのだろうか?


「猫拓です」


 誤魔化しようもない真実。

 私は、正直にかしこみ申し上げる。


「猫……拓?」


 先生が戸惑っている。

 きっと、あまりに聴きなれない言葉に、どう返せば良いのか分からなくなったのだろう。


 安心してほしい、先生。

 それ、私が作った造語だから。

 この世に存在しなかった言葉だから、エニグマでも解析不能なはずだから。


「猫の形を、ノートに描きました」

「ね、猫?」


 思わぬ返答だったのだろうか? 先生が、素っ頓狂な裏声になる。

 先生の声が面白かったのか、猫の形を描いたことが面白かったのか、教室は、どっと笑いに包まれる。


「なんだ……猫か」

「今、先生なんだかホッとしました?」

「い、いや? 別に!」


 おや? どうも先生が焦っている。

 これは、何かあるな?


「先生、これ、何の絵だと思いました?」

「い、いや……別に」


 ほほう……。

 私には可愛い愛猫の形にしか見えないこの落書き。先生には、何に見えたのだろう。


 何かとんでもない物に見えたのではないだろうか?


「先生? これ、何に見えたのか、教えていただけますか?」

「あ、いや……ね、ねこに決まっているじゃないか! 猫に!」


 真っ赤な顔して先生が怒っている。

 本当、何に見えたというのだろう。


 ともかく取り返した宿題ノート。

 私はしげしげと見つめるが、やはり私の目には、可愛い愛猫、ハリボテちゃんを型取った物にしか見えなかった。


 ええっと丸いお腹……足がひょっこりと飛び出て……。なんだろう。


 まぁ、いいか。

 後で部室の皆に聞いてみよう。

 思わぬ返答が得られるかもしれない。


 かくして謎は、不発弾として残されたままとなった。

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