第9話 そこに在るのが悪い。ハイデガーならそう言う
我々美術部は悩んでいる。
「うーん。やっぱ展示だけじゃダメかなぁ」
「むしろ展示だけなのが、美術部たる最大のメリットとも言える」
「分かる。それな! です」
私も大滝聡もまどかも、同意だ。
アーメンなのだ。
美術部は、文化祭では作品の展示のみを行なっている。
展示のみだからこそ、作品の警備以外の時間は自由に文化祭を楽しめるし、クラスの出し物にも力を入れられる。
文化祭ほど美術部員がクラスで重宝される瞬間はないのではないだろうか?
劇ならば、大道具の背景から小道具の剣まで、出店ならば、宣伝用の旗や看板。ポスターなんかも請け負って、その技量を活かすのだ。
まぁ、私の場合は、どの作品にも片隅に猫を描くし、大滝の作品は、丁寧な仕上がりだが、完成が遅いと文句を言われるのだが。
「いや、でも言われたんでしょ? 顧問の先生に」
流風先輩は、単語帳から目を離さないでおっしゃる。
そう。ことの発端は、美術部顧問の蛍ちゃんだ。蛍川先生、通称蛍ちゃんは、運動部の先生に言われたのだ。「このままやる気のない美術部は如何なものか」と。
気が弱い蛍ちゃんは、言い返せず、結果として文化祭でもう一個何かやりませんか? と我々に提案してきたのだ。
「先輩は、どうせ来る気ないくせに」
私は、素直に心の内を吐露する。
「だって、引退してますから」
流風先輩も、素直に認める。
ええ、適当に過ごすのに最適だから三年にもなって来ておりますが、この先輩、引退後です。
まるっきり、部活動には参加してません。
そこに在るだけ。ハイデガーにその現存在について伺いたいくらいに、ただ在る流風せの存在だが、在るのだから仕方ない。
こんなでも一応先輩なのだから、その発言は、多少なりとも尊重せざるを得ないのだ。
「先輩の時はどうですか? 展示以外にやったのですか?」
「いいや、全く。展示しかやったことない。だって誰もやりたくなかったし、何だったら文化祭抜け出して帰って寝てたし」
「ですよね」
そう。仕事さえなければ、人の出入りの多い文化祭。家が近い者は、帰って寝れる。
最後の点呼にさえ間に合えば良いのだ。
私の家は残念ながら電車に乗らねばならない距離だが、まどかならば、帰って寝るは、容易く出来るはずだ。
「まぁ、でも何もやらなかったら、蛍ちゃんが困るんでしょ? 優しい蛍ちゃんから、厳しい先生に顧問が代わっても困るわけだし」
楓が述べる意見はもっともだ。
「でもさ、何やるのよ」
私は、皆に問う。
「面倒なのは、絶対嫌だ!」
大滝が震え上がる。
だろうね。私もだ。
「ゲームの延長っぽいのはどうですか?」
まどか、天才だ。
ゲームして遊んでいる感じで、実は、パフォーマンス的な?
「有りかも!」
「ゲーム……何やりますか?」
楓がワクワクする。
「何でもあり。展示している横で、何かゲームして遊んでて、『ライブパフォーマンス中』的なことを書いた看板立てたら、それでオッケー。芸術なんて、言ったもん勝ちでしょ!」
暴論だ。前衛芸術への侮辱行為だ。
いや……待てよ。いっそ、一周回ってやっぱりそれこそ芸術と言えるか? いや、無理があるか。
「え……それはどうかと」
「だよな」
あまりの大胆なまどかの意見に、ヒヨる大滝と流風先輩。
「じゃあ、何か有り得ない物をくっつけてみます?」
まどかが用意したのは、『人生ゲーム』『ハンカチ落とし』『はないちもんめ』『おにごっこ』『神経衰弱』『TRPG』『チェス』『ババ抜き』と、ゲームの書かれたカードと、『リアル』『ねこ』『クトゥルフ』『真面目』『世紀末』などと適当な単語の書かれたカード。
まどかがカードを裏返す。
「とにかくやってみましょうよ。これで、新しい何かが産まれれば、それは文句なく芸術でしょ?」
おお……ちょっと芸術っぽい?
私と大滝が一枚ずつカードを引く。
私が引いたのは、『クトゥルフ』だった。
「クトゥルフ……」
え、何? クトゥルフの何かをしなきゃいけないの? 何? 邪神な感じ?
何が出るのだろう……。
皆で、ドキドキしながら大滝がカードを裏返すのを待つ。
「えっと……『ハンカチ落とし』?」
『クトゥルフ』『ハンカチ落とし』。
出会ってはいけない単語が出会った瞬間であった。
「何? 何よ、クトゥルフハンカチ落としって!」
「芙美子先輩! それを考えて実践するのが、芸術です!」
無茶なことをまどかが言う。
「え、どういうこと? ハンカチの代わりに目玉でも持って回るの?」
楓、偉い。私は完全に思考停止していたぞ!
「それだ! だが、それだけじゃ足りない!」
まどか……なんか張り切っている? ノリノリじゃない……。
「座っている全員が、教団っぽい格好するとか?」
「大滝先輩も良いですね。だいぶクトゥルフっぽい感じになって来ました」
「回っている人間が、触手の格好?」
「触手ほしい! でも触手の着ぐるみはないから、触手ダンスで如何でしょう?」
我々のクトゥルフハンカチ落としは、だんだんと姿を現す。
「うわぁ……」
流風先輩が、若干引き気味だ。
だが、ハンカチ落としをするには、人数が欲しい。そこに在るならば、当然、流風先輩も強制参加だ。
それから一時間後。
「芙美子! 帰ろう!」
私を呼びに来た澄華が、美術室で見たものは、シーツを被り円陣を組む美術部員達と、目玉を模したボールを持って、ノリノリでクネクネと踊り狂うまどかであった。
「ねぇ、何やっているの?」
状況の分からない澄華は、当然そう尋ねた。
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