第8話 宿題というもの

 夜、お風呂も入ってご飯も食べ終わって部屋でするべきことは、一つ。

 

 宿題だ。


 宿題というものは、どうしてこう面倒になるものが多いのか。

 授業を聞くだけの疲れるのに……といっても、よくうつらうつらと夢の世界に旅立ってしまうことも多いのだが。


 おそらくは、そういう生徒の学習補完のため。

 つまり、先生からすれば、「お前だよ。お前が寝てるからわざわざ宿題出しているんだ」なのかもしれない。


 だがしかし、先生よ。

 寝ている生徒は、先生のご指導ご鞭撻を聞いていないのだ。

 だから、このような宿題を出したところで、自力でできるはずもなく、冥府魔道を彷徨う有様とあいなるのだ。


 スーハー。


 しかも、この猫飼い私の前には、愛しのハリボテのムチムチもっふりがあり、ノートの上を占拠している。


 ハァァァ、可愛い。


 どうして猫という生き物は、このように忙しい時にこそ絡んでくるのか。

 これはもう仕方ない。

 この天の作りし素敵ボディに私ごときが敵うわけなどないのである。


 ハリボテのムチムチボディを揉みながら、ふと頭をよぎったのは、高村光太郎。


 うん……かの御仁は、愛しい亡き智恵子のボディをこの世に残すことを天命とし晩年の課題の一つと据えていたと聞く。

 ならば、私めもこの目の前にある愛しい物体の造形を世に残すべきではないか。

 それが美術を学ぶ者の端くれとしての天命だろう。


 壮大な言い訳を脳裏に、私はボールペンを走らせる。

 なんのことはない。

 一向に進まない宿題に飽きたのだ。

 私は、ボールペンで、ハリボテのムッチリ猫ボディの猫拓をとる。

 やり方は簡単。

 猫の体を定規として、その周囲をなぞるだけ。

 

 数式が躍るはずであったノートには、みるみる猫の形が書き込まれていく。

 うん。可愛い、可愛い。


 ただのボールペンの線が、猫から型をとっただけでどうしてこうも可愛いのだろう。


 ハリボテで飽きてノートの上から下りる頃には、なんとも立派な猫拓が出来上がっている。


「これは、傑作だな!」


 満足して我に返る。

 しまった。ボールペンで書いちゃたよ。


 これ、提出するんだよね? 明日。

 大丈夫だろうか? こんな猫拓付きのノートを提出して。


 私はちょっと考える。

 うん、これはノートにそもそもあった模様ってことにしよう。

 今さら、途中まで書いた数式を消すのは面倒だし、ハリボテの猫拓は、消したくないし。

 先生だって、そんなに気にしないだろう。

 

 我に返った私は、脳内の高村光太郎をすっかり裏切って、天命を忘れて黙々と宿題をこなして眠りについた。

 

 たぶん明日も寝坊するし、明日も大滝と喧嘩する。

 何一つ日常は、変わらないのだ。

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