第5話 猫の顔にはこだわる私
放課後、私は美術部の部室へ。
我が校一のやる気ない部活である美術部は、本日も安定のやる気ないモード全開である。
我が校では、必ず一つは部活に所属することという校則があるのだ。
運動部は苦手で、吹奏楽にも茶道にも興味ない生徒は、生徒会を運営するか美術部に逃げるかの二択になるのだ。
生徒会運営なんて、当然のことながら積極的な生徒の溜まり場である。
よって、美術部は、学校でもやる気のない人材が集まる場所と化してしまったのだ。
部員は一年から三年まで全員を集めても五名。一年が
ずっと漫画を読んでいるのがまどかで、宿題をしているのが楓。聡君は一人黙々とキャンバスに油絵を描いていて、流風先輩は居眠りしている。
私と言えば、愛する我が愛猫のハリボテを描いている。私の創作のテーマは、『全絵画猫化計画』。世界中のあらゆる絵画を猫にして描く作品で、今まで仕上げたのは、モナリザの顔をハリボテの可愛い顔に変えた『モナリニャン』と、写楽の役者絵をハリボテの可愛い顔に変えた『にゃ楽』。そして、今回挑んでいるのが、ピカソのゲルニカの人物の顔を全て猫に変える『ゲルニにゃん』。
これが、案外難しい。単に猫耳をつけても、好みの猫の顔にならないし、ここに溺愛する我が愛猫ハリボテの顔を入れ込むとなると、案外至難の業なのだ。
文化祭が近いから、早く仕上げたいのに、描いては消し、消しては描いてを延々と繰り返し続けているのだ。
「そんなの……適当でいいじゃん」
これが、誰の言葉かって? そんなの決まっている。あいつだよ。
あいつ以外にない。
大 滝 聡。
本当に、なんでそう一々私に突っかかってくるのか分からない。
自分で言うのもなんだけれども、私は、小市民の小物だ。そんなに善行を繰り広げるタイプでもなければ、大悪党でもない。
普通の道端に転がっている石ころのような存在だ。びっくりするほどのモブだぞ?
気に食わないのなら、放っておけばいいのに、一々嫌味を言ってくるのだ。
さっぱり意味がわからない。
良いではないか。私の作品が、文化祭に遅れたところで、別に誰が死ぬわけでもないし、美術史上の損失になるわけでもない。だったら、自分の気に入りの猫の顔くらい、のんびり描かせてもらってもいいではないか。
「先輩。なんだか悩んでますね?」
漫画を読み飽きたまどかが、私の絵を覗きこむ。
「うん。猫が可愛くなんなくって」
「分かる。先輩の絵のミソは、いかに猫が可愛く描けたかですものね」
「まどか、天才! その通りよ。猫が可愛く描けなきゃ、描いてる意味ないのよ」
まあ、難しい真理とかの話ではなく。私の描きたい欲求の話なのだ。
「でもさ、このピカソらしさをだして、可愛く猫を描くって、案外難しいのよ」
私は、はあ、とため息をついて、絵筆を止める。
「分かりますよ。ピカソの描く技法って、分割して描くんですけれども、あんまり可愛さは追求していないんですよね」
「そうそう。人間の顔を描く分には面白いんだろうけれども、猫の顔はね、分割したくないのよ」
顔のパーツを分割して描くことで、あらゆる角度から見た顔を、一つの画面に同時に落とし込んだとされるピカソの技法。それを、真っ向から可愛いという正義を振りかざして全否定する私とまどか。
だって、可愛いは正義なのだ。
「本家本元のピカソは猫描いてないんですか? 描いてそうなんですけど」
「確かに……」
そうだよ。太古の昔から可愛さで世界を席巻してきた猫だぞ。ピカソも描かないわけがない。
私は検索してみる。
ふむふむ。リアルな猫の絵は、さすがピカソだ、めちゃ可愛い。で、問題のゲルニカ調で描かれたピカソ……。
「うわ……怖っ!」
「え、どんな……うわ……まぁ、嫌いじゃないですけど……」
「え、まどか、これ平気?」
そう確認したくなる怖さ。
いや、あの可愛い猫が、こんな怖くなるの? まじで?
「ホラー的可愛さがある感じですね」
「いや、ホラーに可愛さは感じないし。あの髪の毛で顔隠したオネェさんとか、可愛くないでしょ?」
「いや……ワンチャン可愛さの瞬間が」
「いや、どんな可愛さだよ。ないから」
うむむむ。困ったぞ。お手本のまま追求すれば、我がハリボテちゃんが、魔物と化してしまうことが判明した。
これは、先に進めるのが怖くなった。
「そういえば、まどかは? まどかは文化祭は何を描くの」
自分の絵に行き詰まった私は、まどかの作品について聞いてみる。
「私ですか? 私は、クトゥルフな神々です。もうウニョニョニョニョッて触手が気持ち悪いのを頑張って描きますから、期待していてください!」
おお……それは、期待していいものなのだろうか。
触手……とりあえず、文化祭当日は、タコ焼きとかイカ焼きは、買うのやめておこうかな。たぶん、食べにくくなる。
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