第34話 動揺
雨流が止めるのも聞かずに、月花は村に残って魚を食べ続けた。雨流自身も、月花の言葉は信じたいのだが、どうにも魚が原因で中毒になるなど信じられず、また、魚が原因ではないのなら、月花は無事に帰ってくるだろうと踏んでいた。しかし、雨流は甘かった。
七日後、雨流が月花を迎えに行くと、月花は手足を震わせて、言葉がうまく出てこない、先帝と同じ症状に見舞われていた。
「へ、へいか、こ、これで証明、できました、か」
「月花! ソナタたち、なにをしていた!? 月花がこのような事態になるまで、指をくわえてみていたのか!?」
禁軍を怒鳴り、しかし禁軍も必死に答えた。
「お止めしました! 何度も! しかし、皇后さまはおやめにならず! わたくしを死罪に処してください!」
禁軍たちが次々に死罪を申し出る。そんな答えを望んでいたのではない。早く、早く後宮に連れて行って、この中毒を抑えなければ。医官を連れてこなかったことが悔やまれた。雨流は、月花の一番の理解者のようでいて、そうではなかった。なにが皇帝だ、なにが、なにが!
「ええい、輿では遅い! 馬をよこせ!」
雨流は輿には乗らず、月花を抱きかかえたままに馬に乗って、後宮への道を掛けていった。どこまでもお人好しで愚かなこの娘の命を、なんとしても助けたかった。
後宮について、医官を呼ぶ。月花を自分の皇宮に入れて寝台に寝かせる。月花の体が震えている。雨流もアルミ中毒の症状は知っている。早く解毒せねば、命に係わるやもしれない。
「医官はまだか!」
「はい! ただいま!」
医官が月花の脈をとる。脈が乱れて、手足の震えはいまだに止まらない。医官が重々しく、
「こ、これは……中毒でございます」
「それはわかっておる! それを治せと申しておる!」
雨流が取り乱し、医官の胸倉をつかんだ。内官がなんとか雨流をなだめて、雨流はふうふうと息を荒く医官を責めた。医官は乱れた衣を戻すこともせず、ただただ雨流に平伏している。
「治せねば死罪だ!」
「お、お許しください、陛下」
「ええい、どいつもこいつも役に立たぬ!」
雨流がその場に行ったり来たり足踏みする。その時、月花の付き人である鈴が、書簡を手に雨流の部屋に入ってくる。皇宮は上を下への大騒ぎである。皇帝陛下の寵愛する妃が倒れたのだ、当たり前である。その間を潜り抜けて、鈴が雨流にひれ伏した。
「あの、皇后さまが、これを」
鈴が平伏したまま書簡を掲げた。書簡は、月花のものだった。あの村に行く前に、あらかじめ書いていたようだった。赤色の封筒にきれいに折りたたんで入っている。
雨流は書簡の封を切り、食いつくように読みだした。
「アルミ中毒は、初期なら回復します。毒を出すために、黒玄米、生姜、ドクダミ、真菰、松葉茶、よもぎ、緑茶、ルイボス、レモングラスを飲ませてください。また、せんじ薬も排毒の作用のあるものを。食事には、タンポポ(蒲公英)、ハトムギ、ドクダミ、冬瓜などを使用してください。そして、毒を排出するために、風呂に入れ汗をかかせてください」
ここまで用意周到だと、逆に笑えて来る。雨流はすぐさま医官に命じ、月花に解毒作用のある煎じ薬を出させた。食事も毒を排出するものを選ばせ、部屋には火鉢をなん十個も置いて、汗や尿からアルミを排出させた。
結局、月花が意識を取り戻したのは雨流が迎えに行ってから七日後のことで、雨流はその間の政務を大学士たちに任せきりだった。大学士たちはここぞとばかりに民への増税を決定し、結果的には先帝の命と引き換えに、民の暮らしが貧しくなった。しかし、雨流はそれよりなにより、月花が目を覚まさないのではという恐怖に駆られて、政務どころではなかったのだ。
「陛下……?」
「月花。月花! わたしがわかるか?」
「はい、陛下です」
はあ、と崩れ落ちて、雨流が月花の頬に手を当てた。温かい、生きている。雨流は医官を呼び、「峠は越えました」その言葉を聞くや、今度は怒りがわいてきて、月花を思いきりしかりつけた。しかし、あくまで声音は優しく、ささやくようなものだった。
「この! どういうつもりだ!」
「も、申し訳ありません……こうでもしなければ、証明できないものもあるのです」
「ああ、ああ。ソナタの知識を信じなかった俺への当てつけか。あの村の住人は助かるだろうな」
「それもありますが……先帝の……」
言葉を濁す。雨流もうん、と頷いて、人払いをする。誰もいなくなった部屋で、月花はようよう起き上がる。雨流が背中に手を添えて、まるで大事なものを守るかのようだった。
「それで、先帝がアルミ中毒だとして。どこからアルミが?」
「私もそれが知りたいのです。厨房のひとたちとは顔見知りになりましたが……どの方も毒を盛るような方では。そもそも、私が後宮に来てからのお食事は、すべて私が毒見していますし」
「だとしたら、誰かが個人的に先帝に差し入れた食べ物か」
雨流は考え事をするとき眉間にしわが寄る。震える手で月花が雨流の眉間のしわを突っついた。雨流が目をしぱしぱしばたたかせた。こんな時になにを。
「なにをする」
「いえ。ひとつ、あてがあります」
「申してみよ、なに、もう二度と、ソナタの言葉は疑うまい」
「はい……架 美連さま。あの方が、丹薬を先帝に差し上げていたのが気になり」
「架 美連か……わかった。丹薬の件を、先帝に聞いてみよう。しばし待て」
そうして雨流は、先帝の住む皇宮へと走っていった。片時でも月花と離れたくない。だから雨流は、普段なら歩くところを、走って先帝のもとへと参じたのだ。
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