第33話 視察

 今日は雨流の視察のために、後宮の外へと連れ出された。いまだ毒の件は明かされず、雨流も月花もやきもきしていた。どこかに糸口があるはずなのに、なにかを見落としている気がする。うーん、あー、とうなる月花は、隣にいる雨流などそっちのけである。


「月花。月花!」

「あ、はい。なんでしょう、陛下」


 輿にふたりで乗りながら、雨流は月花の名前を何度も呼んだ。だというのに、月花は心ここにあらずで、雨流は自分が月花を追い詰めてしまったのではないかと案じている。そもそも、食中毒の件で手一杯なのに、今回の視察に月花が同行するいわれはないのだ。雨流ひとりで赴くと言ったのだが、いかんせん月花も聞かない。


「今日は疫病の視察ゆえ。ソナタがついてくる必要もあるまいに」

「いえ……この疫病に、あてがあるのです」


 月花は、この疫病は疫病ではないと踏んでいた。月花もよく知る症状だ。神経が麻痺して、手足が震えて言葉がうまく出なくなる。そう、先帝と同じ症状の疫病が流行り、先帝の病の手掛かりになればと、皇帝である雨流直々に出向くことになったのだった。

 月花にはこの疫病のあてはあるが、それを言葉だけで説得できるような信頼関係もない。だから、月花も現地に赴いて、実際にその毒の正体を明かそうと考えたのだ。

 禁軍の立ち入り禁止の黄色い帯を潜り抜けて、ふたりはその地へと足を踏み入れた。口に布を巻いて気持ち程度の疫病除けをするも、こんなものは意味がないと月花は思った。疫病は時に、布すら通り抜ける細かなものが原因であることがある。雨流の目だけが、月花によこされる。「大丈夫か?」「はい」

 雨流は村人を見つけ、臆することなく聞き込みを開始する。


「ここの村だけ、疫病が?」

「陛下だ! 皇帝陛下が来てくださったぞ!」


 無事だった村人は、禁軍によって村の外に出ることを禁じられ、死にたくない、助けてくれと雨流に群がった。その一人一人に真摯に答え、雨流の懐の深さを月花は見た。

 先帝のためとはいえ、この疫病の流行る村に出向く人間など、雨流のほかにはいないだろう。雨流はどこまでも民を思い、きっと民もその気持ちを重々承知している。それでも、なかなか民が裕福になれないのは、ひとえに宰相や諸侯が重い税を課しているからだろう。


「月花。どうかしたか?」

「いえ。この疫病、治るやもしれません」


 疫病に倒れた村人の家を何件か回る。どの家にも魚が吊り下げられていて、飯のおかずは肉よりも魚を好んで食べていたようだ。

 それもそのはず、この村は小さな川沿いにあって、肉などは平民には手が出ないごちそうであるため、飢えをしのぐためには魚と粟でしのがねばならない。そして、この村の上流には、金属職人たちが金属加工を生業としている場所がある。

 金属と言ってもアルミが中心で、どうやらその職人たちは、アルミを川に流しているらしいことは道中雨流から聞いていた。


「魚が毒になったのです」

「魚が? そのようなこと、聞いたことがない」

「しかし、この川の上流――金属加工の職人たちよりも上流に住んでいる村人は、魚を食べてもなんともないでしょう? これは、アルミ中毒です。川に流したアルミを、魚が食べ、そしてアルミが体内に蓄積した魚を食べることで、この中毒が起こるのです」


 む、と考え事をする雨流に、月花はそっと雨流の手を握った。アルミと言えば、雨流に頼まれている食中毒とも関係が深い。だからこそ、月花はアルミの中毒の症状について、散々調べ回った。結果的に、この村の疫病、ひいては先帝の病にあてがあった。すべては、アルミによる中毒なのだ。


「お察しの通り、先帝にアルミを与えている人間がいるはずです」


 否定したかった気持ちと、肯定したい自分。それがせめぎあっているようで、雨流の返事はだいぶ遅かった。ゆっくりと息を吸い、吐きながら言葉を紡ぐ。その時間が、永遠のように長かった。


「では、この村の人間が、魚を辞めて回復するか、それを見て決めるとしよう」


 雨流はすぐさま禁軍に、この村の人間の魚食を辞めさせるように見張ることを命じた。村人たちは、「見捨てるのか」「なんてでたらめを」と怒っていたが、頑として月花は譲らない。魚が原因の中毒は、毒か中毒と相場が決まっている。そもそも、上流の人間はなんともないのだし、隣の村の人間も疫病は一切かからないのだから、ここの村のなにかが原因なのは明らかだ。月花にははっきりと、その原因がわかる。食べればわかるのだから、仕方がない。しかし、村人に月花の舌の話をしたって、理解できるはずがない。そもそもそんな人間は希有なため、信じられなくて当たり前なのだ。こうなることは予想していた。月花はその場に深呼吸する。


「では、私がこの魚を食べて、同じ症状が出たら信じますか?」

「はっ、いくら皇后さまでも、そんなことするはずがない」


 村人を落ち着かせるために言った言葉だが、その言葉に偽りはなかった。月花は迷うことなく家に残してあった魚を口に入れた。


「月花!?」

「陛下はお帰り下さい。私はこの村で、七日間魚を食べて見せます。さすれば、この中毒が魚によるものだと証明できるでしょう」


 そして証明できなければ、先帝の命すら救えない。手の届く範囲の人間には、幸せになってほしい。本来人間とはそういう生き物で、こと、料理人である月花は、どんな方法であれ先帝にアルミを飲ませる人間が許せなかった。あれは中毒の症状だ。先帝がアルミに触れる機会は、食物くらいしかないだろう。

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