第30話 舞踏

 米の件を調べながら、時間だけが過ぎていく。今日は舞踏会の宴会の当日だった。とうとう迎えた当日に、最終的に雨流は、自分以外の西洋の貴族王族とは踊らないようにと月花に釘を刺した。


「ソナタの舞踏はまだまだ未熟ゆえ、わたしが主導する。幸い、わたしとならばかろうじて踊れるようだし」

「す、すみません。私みたいなものが皇后なんて」

「いや、謝るな。ソナタは十分に努力した」


 本当は、自分以外の男と踊る姿を見たくないがための取って付けた言いわけだった。しかし月花は素直ゆえに、雨流の言葉を「月花は舞踏が下手だ」と取ってしまった。うまくはないとはいえ、踊れることは踊れるようになったにもかかわらず、月花は料理以外のものに対して消極的で否定的だ。舞踏の練習の際も、謝るばかりで、うまくいっても喜ぼうとはしない。「たまたまうまくできただけです。本当に、偶然」


「ああ、私はなんにとりえもなくて」

「月花。最初から気になっていたことだが」


 とうとう我慢できず、雨流が口をはさんだ。練習の時といい、月花はいつも、料理以外では自分を卑下する。そもそも、妃たちの陰湿ないじめでさえ、見て見ぬふりを決め込んだ。


「月花は素晴らしい女性だ。なのになぜ、そうやって自分を否定する?」

「私が素晴らしい……? 陛下こそ、なにをおっしゃっているのですか?」


 真顔で返されてしまい、雨流は深くため息をついた。


「料理が美味い。心根が優しい。人と打ち解けるのが早い。誰とでも平等に接する。明るく朗らかで人望もある」

「ちょちょちょ、え? なんです急に?」

「ソナタの好いところだ。ほかにもあるが、言うか?」

「や、待ってください。買いかぶりすぎです。料理以外は」

「料理は認めるのか」

「はい。だってこれは、私にとっての自己(アイデンティティ)ですから」


 料理に関しては多少傲慢になれるのに、そのほかになるとすべてを否定する。厄介だ。この少女に、自分のいいところをどうやって認めさせようか。雨流が月花の手を握る。宴会が始まろうとしている。ふたりは用意された宴席に向かった。後宮内に造った舞踏用の一角(ホール)は、つくえも椅子もなく、広々とした造りになっている。


「でも、そうだな。あと一つ、特技がありました」

「ほう、それはなんだ」

「はい。一度私の料理を食べたお客さんは、忘れません」

「ほう。それはなかなか珍しい特技だな」

「そうなんです。最初に生年月日を聞くのもあって、五行で覚えられるんです。私の料理を食べた人のことは、一度見たら忘れませんよ」

「なるほど、ソナタの小料理屋で、常連客に対して味の好みを記憶していたのはそのためか」

「はい、五行は嘘をつきません」


 ふたりで笑いあって、舞踏会に足を向ける。もう、自分を卑下する月花は、いない。大きな宴会場の扉を開ける。きらびやかな世界に圧倒される。だけれど、月花の隣には雨流がいる。心細くは、ない。



 舞踏会という名の宴会が始まる。


「わ、すごくきれい」


 部屋にはきらきらの硝子製の照明が輝き、貴族王族たちはきらびやかな衣(ドレス)を身にまとい、月花はつい見惚れてしまう。

 さらに今日の月花は、一段と飾り付けられた。

 最上級の絹のドレスに、宝石で飾りをあしらった。宝石は数千個を手縫いで縫い付けてあるそうだ。ふわふわの透ける生地もふんだんに使い、髪の毛には宝石のついた髪飾り。簪と似たような造りの髪飾りは、しかし髷を結うというよりはふんわりとまとめ上げて、西洋の髪型は頭が軽くて楽でいいなと月花は思った。


 月花の髪は、絹の様に細いまっすぐな髪の毛だ。月花は自分の髪の毛が好きではなかったが、雨流は月花を膝に乗せ、月花の頭を撫でるときよくこう言った。「絹のように繊細な髪の毛も美しい」

 その細い髪の毛は大胆にまとめられ、簪は銀製のものを。月花の髪の毛は、雨流とそろいの黒真珠のような髪の毛だ。瞳の色は茶色みがかっている。この瞳の色もまた、雨流のお気に入りである。いわく、「琥珀のように美しい」だそうだ。


「まあ、あれが陛下の皇后さま? ずいぶん子供ですこと」

「本当。小さくて折れそう」


 月花は子供ではない。雨流の年齢が十八歳で、月花の年齢も同じ。そこらの貴族ならば、もうとっくに嫁いで子供をなしている年齢だ。

 背が低いのは仕方がない。遺伝か、あるいは幼少期にろくにものを食べられなかったからか、確かに平均よりも低い、四十六・二寸(百四十)代だった。


「気にするな。ソナタは美しい。嫉妬だ」

「陛下って、本当に動じませんよね」


 動じてないものか。

 こんなに美しく着飾った月花の手を取り歩いているのだ、かっこつけたいし、いいところを見せたい。転ばないように歩くので精いっぱいだ。本当は、こんなにかわいらしい姿の月花を、誰にも見せたくない。末期だ。震える手を悟られないよう、月花の手を慎重に握って先導する。月花は気負いなく雨流について歩いている。西洋の伯爵たちが、ふたりを見て歯を見せて笑っていた。


「陛下、舞踏会が終わったら、料理場で一緒に料理、食べましょうね」

「ソナタはこんな時まで食べ物の話とは」

「だって、それを楽しみに、この堅苦しい舞踏会を乗り越えられるってものですよ」


 ふんふんと鼻歌交じりに月花が歩く。物おじしないのは生来の性格だろうか。

 下手をしたら、雨流のほうが緊張しているかもしれないと思った。

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