第24話 月花の料理

 この王宮の料理人は全部で十人。王宮に住む王族と、鈴たち女官の分まで料理を作る。そのどれもが一級品で、それは月花がよく知っている。月花は本音を言えば、ここの料理人たちに料理を習いたかった。それほどまでに、ここの料理はおいしいし、盛り付けも完璧だ。


「平民はそもそも、一日に三食しか食べないですもんねえ。この王宮に来てから感覚がくるってました」


 料理人長の玄が魚の素焼きを盛り付けながら、月花に言った。玄と月花はもう友達のような間柄で、玄もにこやかに話しながら作業を続ける。月花も、前掛けをしながら、料理にいそしむ。


「そうですよね。私もこの王宮に来るまで、貴族たちがこんなに不健康なことをしているとは知りませんでした」

「おどろきますよね、最初は」

「はい」


 魚の素焼きには、木の芽のそうすを添える。そして、付け合わせには月花自家製のみそ汁。みそは、大豆を煮たものに、塩切りした麹を混ぜて、一年発酵させると出来上がる。渓国では味噌と言えば、醤(ジャン)が主で、それらは甘味が強く、汁物には適さない。ジャンは味付け用の調味料だ。


「発酵食品は体にいいんです。本当はナットウとか出したいんですけど、あれはこの国では不評だったので」

「ナットウ……どんな料理です?」

「……大豆を発酵させた……ねばねばした食べ物です」

「ねばねば!? それは腐っているのではないですか!?」

「いや……まあ、そういう反応になりますよね」


 今日は羽国の献立だ。焼き魚に木の芽をすりつぶしてみそを混ぜたそうす、みそ汁に香の物。お浸し。漬物は、キュウリを塩もみしただけの手軽なものだ。

 粗方作り終えた頃、息を切らした雨流が顔を出した。はっは吐息を切らして、前掛けもかけずに厨房に足を踏み入れる。月花が雨流に前掛けを渡し、雨流は前掛けを締めながら、月花と料理長の間に割って入った。


「あ、陛下。もうすぐ出来上がりますよ」

「すまない。今日は政務に忙しかった」

「いえ。一緒に食事をできるだけでも、私は幸せですので」

「……! そうか」


 出来上がった料理を女官たちが運んでいく。丸い台の上に何品も並べて、本当はこの場で熱々を食べてほしいため、月花の気持ちが逸る。

 食事の宮の大きなつくえに、月花と雨流は向かい合わせに座る。そうして、出来上がった食事を口に入れると、雨流がほうっと息を吐いた。月花の顔が嬉しそうにほんのりと上気した。


「優しい味だな」

「はい。木の芽の風味もお楽しみください」


 雨流は月花が作ったみそ汁が好物である。みその風味がたまらないのだそうだ。これらは雨流に不足する水の気、鹹味を補うために勧めたものだが、どうやら気に入ってもらえたようで月花は満足げだ。

 そして、今日の主菜は魚。最初雨流は、魚は腹にたまらないと少しばかり抵抗を見せたのだが、こうやって木の芽のそうすを添えたり、付け合わせに野菜を添えることで、満腹感を感じるように工夫している。なにより、月花の料理はどれもうまい。


「はあ、ソナタの料理、ほかのものに食べさせるのがもったいないくらいだ」

「陛下ったら。でも、この王宮の方々は、なんとか食習慣を正せましたけど、王宮の外の貴族の方々に、どうやって食生活を改めてもらうか」


 うーん、と考えるさまは、皇后いうよりは、料理人というほうがしっくりくる。

 雨流の皇后なのだから雨流のことだけ見てればいいものを。そう思うも、きっと月花は、雨流に好意を寄せたりしないのもわかっている。この恋は雨流の独り相撲だ。


「陛下? 眉間にしわが寄っていますが」

「いや、なんでもない。貴族の食教育……それはわたしも策を講じてみるゆえ、ソナタも根を詰めすぎぬように」


 優しい時間が流れていく。雨流はただ、月花とともに過ごせるだけで、幸せだった。



 月花が料理場で説明をしている。今日は羽国から珍しい食材が入ったのだと、玄たちが騒いでいた。それは羽国の出汁に使う食材で、カツオブシとコンブだった。


「これは羽国のコンブとカツオブシです」

「コンブ……? 海藻はわかるがカツオブシは……なんだこの硬さは」

「はい。コンブは海藻で、カツオブシは魚です」

「魚?」


 料理人長の仁が物珍しそうに鰹節を見ている。手の甲でたたけば、カチン、とまるで鉱物のような音。これをまさか、かじるのか、と玄は想像して歯を鳴らした。月花はおおよそ玄がなにを想像したのか察して、声を出して笑った。


「これは、そのままは食べません。これをこうして」


 専用の削り器で、薄く、薄く削り節が削られていく。羽国には、花ガツオという言葉がある。花の様に薄く削られたカツオブシのことだ。これをそのまま食べてもおいしいのだが、今日は時間もあるため、しっかり出汁の基本を教えるつもりだ。

 薄く削ったそれを味見にと、雨流や玄に渡される。


「これは……香りが良いな」

「はい。それで、先ほどのコンブを水につけて四半刻(三十分)したら」


 鍋ごと火にかけ、沸騰寸前でコンブを取り出す。そのあと、削ったカツオブシを加えて火を弱めて数刻煮出す。


「そうしたら、布巾を敷いたざるで濾して完成です。この時、濾した削り節は絞らないように」

「なぜだ? 茶は最後の一滴がうまいもんだろうに。カツオブシは違うのか?」

「はい。濁りが出てしまいます。見てください、この完成した出汁を」


 器に濾された黄金色の出汁を見て、みんながみんな感嘆の声を上げた。金の様に美しい色合いだった。あるいは、小麦の畑が朝日で輝くような、美しい色合い。


「これは……黄金のような色だ」

「ああ、香りも」


 それを一人一人味見して、ほっと溜め息が漏れるのだった。金色の出汁は二種類の食材からとったとは思えないほどに深みがあり、カツオブシの材料がなんなのか、料理人たちが思案する。


「奥深い……とても四半刻で取った出汁とは思えない」

「でしょう? 白湯は、肉の下ごしらえや煮込み時間だけでも半日。けれど、羽国の出汁はこんなに手軽なんです」


 月花の目が嬉々として輝いている。本来月花はこのように笑うのだ、雨流はそれに苦しさを感じる。この娘から笑顔を奪っているのは、ほかでもない雨流なのだ。しかし、手放したくないという思いも事実だった。たとえ、あの事件の真相がわかっても、自分の隣にいてほしい。 専用の削り器で、薄く、薄く削り節が削られていく。羽国には、花ガツオという言葉がある。花の様に薄く削られたカツオブシのことだ。これをそのまま食べてもおいしいのだが、今日は時間もあるため、しっかり出汁の基本を教えるつもりだ。

 薄く削ったそれを味見にと、雨流や玄に渡される。


「これは……香りが良いな」

「はい。それで、先ほどのコンブを水につけて四半刻(三十分)したら」


 鍋ごと火にかけ、沸騰寸前でコンブを取り出す。そのあと、削ったカツオブシを加えて火を弱めて数刻煮出す。


「そうしたら、布巾を敷いたざるで濾して完成です。この時、濾した削り節は絞らないように」

「なぜだ? 茶は最後の一滴がうまいもんだろうに。カツオブシは違うのか?」

「はい。濁りが出てしまいます。見てください、この完成した出汁を」


 器に濾された黄金色の出汁を見て、みんながみんな感嘆の声を上げた。金の様に美しい色合いだった。あるいは、小麦の畑が朝日で輝くような、美しい色合い。


「これは……黄金のような色だ」

「ああ、香りも」


 それを一人一人味見して、ほっと溜め息が漏れるのだった。金色の出汁は二種類の食材からとったとは思えないほどに深みがあり、カツオブシの材料がなんなのか、料理人たちが思案する。


「奥深い……とても四半刻で取った出汁とは思えない」

「でしょう? 白湯は、肉の下ごしらえや煮込み時間だけでも半日。けれど、羽国の出汁はこんなに手軽なんです」


 月花の目が嬉々として輝いている。本来月花はこのように笑うのだ、雨流はそれに苦しさを感じる。この娘から笑顔を奪っているのは、ほかでもない雨流なのだ。しかし、手放したくないという思いも事実だった。たとえ、あの事件の真相がわかっても、自分の隣にいてほしい。なんてあさましい感情だろうか。

感情だろうか。

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