第15話 四柱推命

 両親は疫病で死んだ。月花は昔から絶対舌感を持っていて、母から習った料理を独自のものへと進化させた。両親が死んだおり、月花はとある占い師に声を掛けられた。行くあてもなく街を歩いていたところを、保護された形だ。人間は見た目で他者を判断する。それは月花も例外なく、月花ははじめ、その占い師を避けて通ったくらいだった。これは物乞いなのではと疑いのまなざしを向けて、しかし占い師はにこやかに言うのだった。月花が十歳の時のことだ。


「ソナタには、占い師の素養がある」

「私にそんなもの、ありません」

「ソナタ、親は?」

「流行り病で死にました」

「行く当てがないのなら、わしが面倒を見る。わしの傍で占いを学びなさい。それをソナタの生業に生かすもよし、生かさぬもよし」


 六十を超えるだろう老人に拾われ、月花はその日から八字と呼ばれる占いを教え込まれた。八字とは、天干、地支がそれぞれ年、月、日、時のそれぞれにあてがわれた、四柱推命とも呼ばれる占いだった。


 甲・木の兄(きのえ)。乙・木の弟(きのと)。

 丙・火の兄(ひのえ)。丁・火の弟(ひのと)。

 壬・水の兄(みずのえ)。癸・水の弟(みずのと)。

 庚・金の兄(かのえ)。辛・金の弟(かのと)。

 戊・土の兄(つちのえ)。己・土の弟(つちのと)。

 四柱推命(八字)は陰陽五行で占う。陽と陰、つまり男と女、太陽と月、燥と湿。すべてのものは陰と陽に分かれる。

 五行というのは、木火土金水(もっかどこんすい)。これらは相生の関係と相剋の関係で五芒星ができる。

 木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じる。

 また、木は土を剋し、火は金を剋し、土は水を剋し、金は木を剋し、水は火を剋す。

 その関係から四柱を読んでいくのだ。


 四柱推命の変化部分は主に、干合(甲己(土)、乙庚(金)、丙辛(水)、丁壬(木)、戊癸(火)で、日柱以外の隣合う天干が干合したら無作用(五行として数えない)、日干と干合したら日干に干合した方の天干が倍になる。あるいは、月令がそれぞ甲己で土だった場合、乙庚で金だった場合、丙辛で水、丁壬で木、戊壬で火だった場合に変化干合としてそれぞれ戊己、辛庚、壬癸、乙甲、丙丁に変化する。この時、日干は変化しない。

 地支の場合、支合か冲で無作用になる。支合とは仲のいい干支同士のことで、子丑、寅亥、卯戌、申酉、巳辰、午未が隣り合うことだ。


 冲は仲が悪い干支のことで、子午、丑未、寅申、卯酉、辰戌、巳亥が隣り合う場合だ。

 四柱推命が習得に二、三年かかるとされるのは、命式の複雑さと、八文字から運勢を看ていくからだ。


「四柱推命は、十干と十二支を五行に変換して読むのだ」


 甲・陽の木。木を表す。乙・陰の木。草花を表す。

 丙・陽の火。太陽を表す。丁・陰の火。ろうそくなどの火を表す。

 戊・陽の土。山を表す。己・陰の土。田畑を表す。

 庚・陽の金。生の鉄(鉱石)を表す。辛・陰の金。宝石を表す。

 壬・陽の水。海を表す。癸・陰の水。雨を表す。

 これらに加え、寅卯は木、辰は土、巳午は火、未は土、申酉は金、戌は土、亥子は水を表している。

 ここから、例えば陽の木と陽の木なら通変星は比肩、陽の木と陰の木なら劫財。陽の木と陽の火なら食神……というように通変星を出していく。この通変星は、五行を五芒星にして図にするとわかりやすい。


  木 

水   火


金   土


 この五行の頂点部分は、日柱の天干が当てはまり、そこから時計回りに『木火土金水』を当てはめていけばいい。木の部分を頂点とした場合、木と木なら比肩・劫財。木から見て火の部分なら食神・傷官。土ならば偏財・正財。金ならば偏官・正官。水ならば偏印・印綬。

 これは頂点部分が火になろうと金になろうと、通変星の位置は変わらない。つまり、頂点が火の場合、土が食神・傷官となるのだ。

 やがてこれらの五行には、体の各部位と、味覚が関係することがわかった。そこからは、月花の呑み込みは早かった。


 木は酸味で肝臓と関連し、怒りを表す。火は苦みで心臓を表し喜び(興奮)を。土は甘みで脾臓に関連し憂いを表す。金は辛味で肺に関連し悲しみを表す。水は鹹味(塩辛さ)で腎臓に関連し恐れを表す。

 ならば、占いの結果を見て、足りない五行を料理で補えば、その人はより健康になれるのではないか。それが月花がたどり着いた答えだった。なにをしていても料理につながるのはもう性分みたいなもので、月花は占い師で師匠である仁(ジン)とともに旅をしながら、様々な国の料理を学んだ。そして、やはり自分には料理しかないのだと再確認した。自分の天職はこれだ。大好きな母が残した味でもあるし、自分の舌を生かせるのもまた、料理人だった。


「師匠。私、私はやはり、料理人になりたいのです」

「ああ、そうだね。オマエがやりたいこともまた、占い師の新しい形だ」


 占い師の師匠は、渓国を離れて西域や西洋、羽国まで様々な国を旅しては、人々の八字を占った。占って、傍ら月花は様々な国の料理を学んだ。その中でも、特に気に入りだったのが西域のカリーだった。これには酸味(トマト)も苦み(香辛料)も甘み(玉ねぎ)も辛味(ニンニク)も鹹味(塩)も、すべてが含まれているからだ。すなわち、五行の均衡のとれた料理、それがカリーなのだと月花はたどり着いた。


「師匠、ありがとうございました」

「いいんだ、ソナタが生きる意味を見出せたのなら」


 師匠は最初から、月花が料理に生きる道を知っていたかのように、あっさりと月花を送り出した。渓国に店を構えたのは、やはり故郷が恋しかったからである。最初はまばらだった客足も、噂が噂を呼んで大反響だった。しかし、店は急遽開店休業の状態に陥った。月花が後宮に召し抱えられたからである。月花は残してきた小料理屋を見に行くこともできない。後宮には、様々な食材がそろうのに、自分にはなにもできない。飾られた花なのだ。月花は後宮の花になった。皇帝のためだけに咲く、きれいな花は、必要とされなければひとり枯れていくだけだ。

 それでも月花がめげなかったのは、この占い師の師匠との旅で、広い世界を見てきたからかもしれない。

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