第14話 アルミの毒
「アルミの器って、厨房にあるんですか?」
「ああ。厨房の倉庫番に言えば、倉庫の鍵を貸してもらえるだろう。その倉庫にある、女神の彫られた西洋の器だ」
女神となると、それは美しいのだろうなと月花は思った。料理は盛り付けも大事なのだ。乳酸飲料をそのアルミに盛り付けることを考えた人間は、単にその彫刻に魅入られたのか、この食中毒に目をつけたのか。後者だとしたらなんとも計算高い。アルミの食中毒は、それほど知られたものではない。ならば、雨流の信頼を確実に落とすための巧妙な罠だろう。そもそも、宰相や諸侯を食中毒で殺してしまっては意味がない。殺してもいいが、騒ぎが大きくなれば禁軍の捜査も大々的なものになる。そうなれば、陰謀を張り巡らせた者もただでは済まないだろう。
「アルミの器から、各々の硝子の器に個別にわけた。そちらも併せて確認してほしい」
「はい……でも、十中八九、そのアルミの器だと思います」
月花がそう言うのならそうなのだろうが、何分雨流も断言はできない。雨流は眉間を揉んで頭を抱える。いまだ、あの毒で倒れた宰相、諸侯の半分は、朝廷に参内しない。雨流があの乳酸飲料に毒を混ぜたと疑っているのだ。自分に毒を盛った皇帝なんて、信じられるはずもなかった。
「このまま宰相や諸侯が参内を拒否すれば、わたしの廃位も時間の問題だ」
「はあ」
「はあ、じゃない。先帝の息子はわたししかいない。次に王位につくとしたら、宰相の縁戚にあたる王族だ。宰相が好き勝手したら、民の税は増え、ソナタを含め、妃や女官、内官は斬首……この件には、多くの命がかかっている。わたしの命など惜しくはない。ただ私は、わたしの家臣だけは守りたい」
「家臣と民を」
道楽な皇帝かと思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。雨流は先の毒の件を暴けそうな、自分の手足となるような料理人を探していた。そんな折、見つけたのが月花の小料理屋だ。なんでも、食べに行くと体の調子が良くなる、不思議な店だとのうわさだった。最初は店から出てくる客を見張り、どうにもほんわかと夢見心地なのが怪しかった。意を決して店に入ってみると、その香りに驚かされた。渓国にも香辛料は存在するが、丁子や八角、これらは肉の臭みけしの部分は大きかった。月花の小料理屋の香辛料はどれも香りがよく、これらは体にもいいと来たから雨流は驚きの連続だった。その後、まんまとカリーに魅了されて、雨流は常連客となる。
半年かけて月花の店に通って、月花の舌のこと、料理の腕、五行を用いて料理をすること、それらをやっと突き止めて、だからこそ雨流は、多少強引でも月花を妃として召し上げた。そうするのが一番早かったからだ。ほかの料理人は信用できない。月花を選んだのには、明確な理由がある。月花の小料理屋で出される菓子は、懐かしい味がした。作り方が変わろうと、雨流の舌は、月花の舌には及ばずとも、その食材がわかってしまう。
そうして店に通いながら機会をうかがっていたおり、雨流に機会が訪れた。先の宴から半年がたち、宰相や諸侯の反発の声が高まっていたことも大きい。この娘にかけようと決めるまで、半年の時間を要した。
「では、慎重に動くように。不便があったらなんでも申せ」
「御意」
雨流は出会った時、自分にも絶対味覚があるのだと言った。それはあながち嘘ではないのだろうし、月花に近づくための方便だったとしても、月花はうれしかった。自分の悩みを誰かに話すと、多少なりとも心が安らいだ。月花には毒の味がわかる。だが、それらは普通の人々には無味無臭だ。だから月花は「おかしな料理人」と言われることが多く、この特技は極力誰にも話さないようにしてきた。
かといって、この能力を利用されるとは想定外だったが。月花のこの能力があってこそ、雨流の役に立てるとは言え、利用されるのは正直心外だった。
「私の舌だって、無いものの味は、わからないんですから」
もっと早く雨流と出会っていたのなら、その乳酸飲料を口に含み、月花の舌で毒の正体を暴けたというのに。アルミならば、頭に響くピリピリしびれるような味が、銅ならば、どんより重苦しい苦みが、舌から胃に、落ちていく。
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